新・帰ってきた日本

SCOT ブログ

March,22,2010

3月22日 国際共同

 ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアで私の訓練方法を教えている演出家と演劇学校の先生6人が、劇団SCOTの拠点である利賀村に集まった。この自発的な集まりのきっかけになったのは、イギリスで出版された一冊の本による。
 昨年、私の仕事と訓練方法について書いたイギリス人の本が出版された。私の訓練を映像で見ることができるDVDつきの本である。もちろん訓練を見せているのは、先生も生徒も私の知らないイギリス人である。その内容に危惧を感じた人たちが、スズキ・トレーニング・メソッドの教え方の再検証と、公式的な訓練のマニュアルができるかどうかの議論をするために来たのである。一週間ほど滞在していた。
 この本はずいぶん昔に、国際交流基金の助成金を得て出版されたものの改訂版で、初版の時はDVDはなかった。著者はイギリスの大学で演劇を教えるかたわら、私の訓練も教えているようだが、実際には私から学んだわけではない。面識はないわけでもないが、親しく話したということもない人である。もっとも、世界中には私が会ったこともない先生がたくさんいて、私の訓練を教えている。特にアメリカには多い。
 20年ほど前に、アメリカの著名な演出家、大学教授たちの要請で、アメリカの政府系の基金が必要経費を負担し、全米各地から選抜された演劇人20人が、利賀村に6週間ほど滞在した。私の訓練方法を学んで、アメリカで教えるためにである。その人たちが指導した生徒が全米には数多くいて、いろいろな大学や劇団で教えている。
 私の訓練方法は私自身の年輪と経験の積み重ねによって変化してきた。だから、初期の頃の訓練方法と現在のものは、ずいぶんと違うのだが、昔の訓練がそのままに教えられているらしい。また、訓練の背後にある理念や哲学は教えられず、身体の動かし方や発声の仕方だけが表面的になぞられていることが多いようなのである。それを現在の時点で、何とかできないかというのが、演出家や先生たちが集まった理由である。
 午前中はSCOTの劇団員と一緒に訓練をし、午後は一人が先生になり誰か一人に訓練を教え、残りの人たちはそれを見学する、そして夕食後にはその指導の仕方について議論をするのが彼らの日課であった。私は議論には加わらなかったが、彼らの結論は次のようなものになった。
 身体が生きる世界は活字や映像に固定されるべきものではなく、たえず体験されるものであり、その体験の本質はそれぞれの体験の独自性の中で記述されたり、教えられることによってしか生き永らえることはできないというものであった。
 誤解や間違いはたえず発生する。私自身を顧みても試行錯誤の連続だった。だから正解という教科書を追い求め、固定しようとするのではなく、自らの体験がいかに貴重なものであるかを示し、他者に感動を与えたり興味を起させることができるのかが肝要なのである。それが演劇という一回性を本質とする表現の世界を真に生き、教えることにも通じることになる。自らの実践と実際に舞台作品を創ることによってしか、他者に対する説得力や真の批判は生きてこないということであろう。
 スポーツや武術もそうだが、語られるよりも身体がその場を生きて初めて分かる世界、その体験の伝承ほど難しいものはない。深い思慮と不断の用心が必要である。ひとまずのこの結論は、私の意にもかなっていてありがたかった。
 
 1990年、アメリカの演劇界と教育機関が、私の訓練方法を正確に伝えるために、一つのプロジェクトを考え、世界各国の関係者に送付した文章がある。すべてはこのように、完璧に実現したわけではないが、アメリカ人の進取の気性や連帯して物事にあたる行動力、自国の事情だけで物事を発想しない特性が、この一文にはよく表されている。私の訓練の発展過程における貴重な文献でもあるので、ここに載せておく。今回の利賀村における会議の背景は、すでにこの一文からもよく理解できる。
 
  
関係者各位殿
 
 本状はアメリカ演劇人連絡会議、カリフォルニア大学サンディエゴ校、デラウェア大学、並びにワシントン大学が共同で行うプロジェクトへの協賛をお願いする為のものです。
 私たちは国際的な交流と協力が不可欠な時代に生きています。このような時代には、芸術が世界中の人々にとってたいへん重要な役割を果たしうるのではないでしょうか。私たちは芸術にこそ、国際的な相互理解の新時代を切り開く役割を期待することができるのです。人類全体の進歩のためには、私たちはそれぞれの民族が持つ固有の文化を皆で共有するよう、進んで協力して行くことが必要なのです。
 日本はその真に驚くべき経済的達成によって、世界の人々を驚嘆させました。それはもちろん賞賛に値するものではありますが、日本の経済的豊かさのみに目を奪われると、世界文化の発展に十分に寄与できるその文化的豊かさを見過ごしてしまうことにもなりかねません。そのため、太平洋をはさんだ日本とアメリカの両国間では、ここ数年にわたって、さまざまな団体と個人による文化交流が行なわれてきました。
 そのなかでも特に注目すべきものに、先進的演劇人である鈴木忠志氏の活動があります。世界中で公演されている彼の劇作品と、彼が主催する日本での二つの世界演劇祭を見れば、彼が演出家として得ている高い評価は誰の目にも明かであろうと思われます。しかし、それ以上に重要なことは、鈴木氏が、世界の演劇界全体にとっての貴重な財産とも言える鈴木メソッドと呼ばれる俳優訓練法を生み出したことです。このメソッドは文化の違いを超越することができるシステマティックな俳優訓練法で、今や世界中の演劇関係者から注目されているものです。アメリカにおいては、このメソッドのすばらしさは数多くの演劇人によって理解され、国内のさまざまな有名な教育機関において教えられています。その中には、ジュリアード音楽院、カリフォルニア大学サンディエゴ校、ウイスコンシン大学ミルウォーキー校、デラウェア大学、ワシントン大学などが含まれています。
 しかし、このメソッドがアメリカで有名になるにつれ、十分な訓練や、メソッドそのものについての理解が不十分な人達が、それを教えるという状況が生まれてきました。その結果、鈴木メソッドが誤った、あるいは無責任なかたちで教えられたり、またメソッドの持つ真の意味が十分に伝わらないといった事態も生じてきました。
 この状況に対応するため、下記に署名をした私たちは、次のようなプログラムを設立することを計画しました。それは、二度にわたるそれぞれ三ヶ月の期間、アメリカのプロの演劇人20名を日本に派遣して、鈴木忠志自身の指導により、鈴木メソッドの訓練を受けるというものです。さらに、その訓練の実際的内容を詳細にわたって本のかたちにまとめて出版し、また、参加者はアメリカに戻って、十分に訓練を受けた鈴木メソッドの指導者として俳優教育に従事することになります。
 このプログラムに対する経済的援助は一部アメリカ側から得られる予定ではありますが、このような活動に対して、アメリカのみから必要な援助をすべて受けることはほとんど不可能であると思われます。そこで私たちは、日本側の良識のある皆様の、このプログラムに対する援助をお願いする次第です。また、私たちの目的達成に協力して下さるような企業があれば、ぜひともご紹介いただくようにお願いしたいとも考えています。
 こうしたたいへん深いレベルでの文化交流は、隣国の利益になるということだけでなく、世界中の人々の相互理解を促進するための重大な一歩をしるすことにもなると私たちは確信しています。
 このプロジェクトは、単にアメリカと日本の文化交流という範疇を越え、その本質において世界規模のものであります。それは、このプロジェクトにはアメリカから20名の参加者のほかに、オーストラリア、カナダ、デンマーク、中国、イギリス、フランス、ドイツ、インド、韓国、日本の各国からもさらに合計10名の参加者が予定されているからにほかなりません。
 
カリフォルニア大学サンディエゴ校 総長 リチャード・C・アトキンソン
ラ・ホヤ・プレイハウス 芸術総監督 デス・マクアヌフ
アメリカン・レパートリー・シアター(演出家) 芸術総監督 ロバート・ブルースティン
ワシントン大学芸術科学学部 学部長 ジョー・ノーマン
ミルウォーキー・レパートリー・シアター 芸術総監督 ジョン・ディロン
ミルウォーキー・レパートリー・シアター 制作監督 サラ・オコーナー
ジュリアード音楽院 演劇学部教授 マイケル・ラングハム
デラウェア大学(プロフェッショナル・シアター・トレーニング・プログラム) 演出家 サンフォード・ロビンス
デンバー・センター・シアター・カンパニー 芸術総監督 ドノバン・マーレイ
シアター・コミュニケーションズ・グループ(アメリカ演劇人連絡会議) 専務理事 ピーター・ザイスラー
1990年3月30日    
  

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March,16,2010

3月16日 優雅

 リトアニアから還ってみると、60センチもある大きなニジマスが死んでいた。寿命かなと思ったのだが、池から取り出し雪の上に寝かせてみると、冬にしては腹部が大きいので、産卵できずに卵を抱えたまま死んだことが分かる。夕暮れ時なので翌朝、家の前の川にでも流そうかと行ってみると、ニジマスの姿は見えず、雪の上に濃黄色の卵、いわゆるイクラが長く点々と散乱している。動物がニジマスを引きずって行くときに、腹部に圧力が加わり産卵したのである。
 人工的に産卵させるときには、手で下腹部を尾鰭の方にさするようにするのだが、ちょっと触れただけでも流れ出すように出てくるときと、かなりの力を要する時がある。採卵時期の見分け方によって違ってくる。もちろん卵の状態も違う。採卵時期を過ぎて搾った卵は熟し過ぎていて固く、しばしば卵の真ん中に「星目」、英語で言うところの<moon eye>が見られる。雪の上の卵は過熟卵ではあったが、純白と散りばめられたような濃黄色の点のコントラストが、何とも言えず優雅で驚かされた。
 池の中には突然変異でできたとされるニジマス、全身が濃黄色のアルビーノがいる。池の周辺が雪で白く覆われた時には、静かに泳ぎ回るアルビーノの姿は、色鯉とちがってスラッとしていて文字通りの優雅さだが、雪の上の卵にはドキリとさせられるシュールな、死と命を一瞬にして想わせる不思議さがあった。
 加藤泰監督の映画「緋牡丹博徒」シリーズの第6弾でも、やはり白と黄色のコントラストを売り物にしていた。藤純子が演ずる渡世人緋牡丹のお竜と、同じく一匹狼の渡世人、菅原文太の青山との別れの場面である。雪の降る中を故郷に帰る青山を、お竜が和傘をさして追いかけ、汽車の中で食べろと風呂敷包みを渡す、そしてさらに、懐から取り出した黄色いミカンを渡そうとする、ミカンの一つがコロコロと雪の上に転がるのである。お竜が拾ったミカンを間にして、二人は黙って見つめ合う。白と黄色、死ぬ覚悟をしている男女、伝統日本の恋心の優雅さ、これは笑えた。

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March,05,2010

3月5日 放射能人間

 海外旅行をする度に、出入国の煩わしさに気を重くさせられる。持ち物の大きさや内容の制限、身体検査の仕方が厳しさの方にどんどん変わっていく。9.11以後の世界なのだからと、自分に言い聞かせはするものの、靴や衣服まで脱がせられると正直ウンザリする。だんだん人間も動物扱いされるようになってきたと感じる。そのうちに何を考えているかまで検査されるのではないか。『ブレードランナー』という映画に、人間か人造人間かを見分けるために捜査官が特殊な質問をして、人造人間だと分かると、その場で射殺する場面があったと記憶するが、人間を区別する監視体制はどの方角からやってくるのか、そら恐ろしい感じもする。
 先月の末、リトアニアの首都ビリニュスに公演に出かけた。劇団の公演の時は、特殊な道具を持って行くことから、その説明にてこずってなかなか入国できないことがある。今回は日本大使館の尽力もあって、装置や小道具については格別のことはなく、それらの荷物と共に劇団員と最後の出口に差しかかったとき、今までに聴いたことのない大きな警報音がした。出口を監視する係官が私に、後ろに下がってもう一度歩けと言う。同じ音がする。劇団員は外に出てしまって私一人が残された。そのうち別のリトアニアの空港職員が小さな機械を持ってきて私の方にそれを向け、しばし画面をのぞき込み言ったのである。あなたの体からは基準を超える放射能が出ている、入国させられないと。
 私はもちろん、こんなことは初めての経験である。ともかく私は私の体からなぜ放射能が出るのかを説明しなければならない。しばらく考えさせてもらううちに、ハタと思い当たることがあった。
 私は日本を発つ二日前に心臓核医学検査、静脈に放射性同位元素を注入し、放出される放射能を撮影し、血液の流れを映し出す検査をした。だから、いまだ体の中に放射能が残存しているのではないかと説明してみたのである。すると空港職員は、その証明書はあるのか、いずれにせよ私だけの判断では入国させられない、上司の事務所へ行くと言う。こうなると体の内部のことだから、私としてはお手上げである。何をされても仕方がないかなあ、ひょっとすると帰国かな、などと思って事務所へついて行った。ところが、この検査を受けるときに、病院と交わした検査内容の書かれている同意書を、偶然にも持っていたのである。それを提出するとコピーをして入国を許可してくれた。
 放射能を検出する機械がアメリカから寄付され、空港に設置されたのはこの二日前だそうである。だから、私のケースは空港にとっても初めてのことだったらしい。なぜこんな機械がアメリカから寄付され設置されたのか。これらの機械はロシアと国境を接するEU加盟国とベラルーシにも設置され、ロシアからの放射性物質の流入を監視しているのだというのである。プーチン政権を批判し、ロンドンで殺されたロシアの防諜員リトビネンコを思い出させられる話である。彼は放射性物質を飲まされて毒殺されたと言われている。
 アメリカの監視への欲望とそのシステムは、全身の透視撮影とか際限なく過激になっていくような感じもするが、心まで透視できると称する機械の発明や、その設置だけは御免蒙りたいなと思わせられる時代になりつつある。

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