新・帰ってきた日本

SCOT ブログ

February,28,2011

2月28日 小鳥の学校

 鳥取市鹿野町の鳥の劇場の主宰者中島諒人が新しく始めた「小鳥の学校」に行って来た。小中学生を対象とした文化講座で、11人の生徒がいた。演劇の道に進むかどうかわからない人間、成人になっていない人間に演劇の話しをするのは初めてである。彼がどんな考えからこの事業を立ち上げたのか詳しくは聞いていないが、地域にとっての重要課題が、新しいタイプの文化的な人材、多面的な視野を身につけた人間の輩出だと思ってのことだと推測している。
 私の前は東大法学部教授の苅部直の政治についての話しだったらしい。これはすごい。昨年私は、中島諒人から講師の人選について相談を受けた時、苅部さんはいい人だよ、みたいなことは言った覚えはある。しかし、まさかである。政治思想史の専門家で、丸山眞男や和辻哲郎についての本を書く人が、鳥取の片田舎まで行って、小中学生の前で政治とは何かを話すとは、それが実現するまでは信じていなかった。これはどうせダメになる話しだとタカをくくっていたら、苅部さんは行っちゃった。苅部さんの行動力には感心したが、こうなると私も決心を固めざるをえない。
 私は子供とじっくりと話したことがない。無邪気に遊んだこともない。要するに苦手なのである。息子がいながら申し訳ないが、ほとんど自宅にいる時間のない職業を選んでしまったので、仕方なかった。いつだったか、もう昔のことだが、外国から帰り、東京の自宅に一泊し、息子と話し、翌日利賀村へ行くために家を出る時、玄関まで送りにきた息子が私の後ろ姿に「また、遊びに来てね」と叫んだ。それ以来、子供の顔を真っすぐに見て話しをするのができにくい心境にもある。
 中島も思いやりのないことをする男だ、私のことをちょっと勘違いしているのではないか、しかし、これも人生の罪滅ぼし、最後のご奉公かもしれないなどと、アレコレしているうちに鳥取へ来てしまった。彼の思い込みに押し切られた感もある。
 私の講座名は「演劇を学ぶ」、講義は二日間、1日2時間の授業である。初日は演劇を学ぶなら興味をもったもの、人間や動物の動き方、声の出し方や話し方、何でもいいから真似をしろ、学ぶはマネブとも読み、要するに真似をすることでもある。真似をする快感を身体的にも心理的にも身につけることが肝心、人まね猿まねを恐れるな、何度も真似を繰り返せ、真似をしているうちに対象の本質も、自分の他人との違いや特性も分かってくる、ということに終始。ゴリラと人間の喜怒哀楽の真似などをした。
 二日目は私の初歩的な身体訓練の真似をさせてみた。子供たちの観察力の鋭さに仰天。私の劇団の俳優が、重心を左右上下に動かさないで、ゆっくりと同じ速度で歩く訓練を見せたら、足の使い方の上手になされていないところを指摘される。ものを見る目は実にタシカ、後は実践あるのみと、私も一緒になって身体を動かし、声を出してしまった。少しでも隙を作ると余分なことをしだすから、間を置かないでタタミコムと見る見るうちに上達、集中力はやはり大人よりある。
 ツカレルことをしたが、しかし、このツカレは疲れることだけではなく、憑かれる気分を生きるにも等しく、久しぶりの演劇の楽しさを体験させてもらった。
 

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February,20,2011

2月20日 落書き

 日本のみならずヨーロッパの有名な建築物にいたずら書きをする日本の観光客のことがニュースになることがある。思い出を残したい気持ちが勝ったのか、書くべきでない壁や塀に、男女の名前がきれいに並んで書かれていたりする。
 台湾の高雄市は政治的にも文化的にも、台北市と対照的な雰囲気を感じさせる台湾第二の大都会である。舞台稽古の合間に、波止場の近くの庶民的な匂いがする商店街を歩いた。気取ったところがなくて落ち着く。そこで私は初めての落書きをした。
 魚屋や食べ物屋がずらりと並んでいる一つに、自然石と土瓶を売っている小さな店があった。陳列棚を眺めていると、私に同行していた台湾国立劇場のプロデューサーと話していた中年のおかみさん、オバサンと言った方がピッタリするのだが、彼女が店の奥に大きな声で叫んだ。すぐに主人とおぼしき中年のオジサンが、古めかしい折り畳み式の机と椅子をもってきて店の中央にしつらえる。小さな店だからいかにも狭いが、なんとなくノドカ。そしてオジサンは戻って行く。オバサンは国立劇場のプロデューサーと賑やかに喋っていたが、今度はそのオバサンがすごい勢いで奥の部屋に入る。入れ替わってまたオジサンが現われ、土瓶と湯飲みをもっている。これは有機栽培のお茶で無農薬、健康に良いから椅子に座って飲めと言う。
 座ってお茶を飲み始めると、オバサンが綺麗な格好になって出てきた。そしてTシャツのオジサンにスポーツ用のジャンパーを着せている。プロデューサーが私に言う。店の正面にある陳列棚の背後の壁に私の名前を書け。そこには大きな字で大自然寶石と書かれており、その下にはダイアモンドの指輪の絵がある。その下あたりに私の名前を署名したら、それを背景に皆で写真を撮りたいとオバサンが望んでいると言うのである。 
 お茶は何杯も飲んじゃったし仕方がない、落書き気分で鈴木忠志と署名をした。背後から日付も書けと言う声。皆ではしゃいで写真を撮った。プロデューサーはこれで観客が少し増えるかも、と喜んでいる。私の下手な漢字の署名が、これからずっと漢字圏の多くの人の目に触れると思うと少し恥ずかしい。
 壁に署名をしたのは今回が二度目、初回はロシアの友人ユーリー・リュビーモフの要求による。彼が芸術総監督をしているモスクワ市立タガンカ劇場の監督室の壁である。数年前に誕生日に招待され、その時に署名をした。壁にはこの劇場を訪れた世界中の芸術家の名前が所狭しと書かれている。地続きのヨーロッパは勿論、アメリカのアーサー・ミラー、日本の千田是也、黒澤明、安部公房の名前もある。ソ連邦時代、彼が共産党政権に批判的な活動をしていた頃、祖国を追放される前に訪れた人が多く驚く。
 国宝級の芸術家としてロシアに再び帰還したリュビーモフ、誕生祝いの祝典が劇場で開幕する前に、私は彼の部屋を訪ねた。オメデトー。オオー、ヨクキテクレタ。壁に署名してくれ、この字の上に隙間がある、ここが良いと彼が壁の中央を指さす。名前を書き始めようとしたら彼が言った。その下の署名はプーチン大統領だ。昨日、花束をもってきて、ついでに書いていった。私は驚き、こんな所に書くのはマズイと言ったが彼は聞き入れない。プーチンが大統領当時に私と彼は、クレムリンの執務室で一時間ほど懇談したことがある。その懐かしい思い出もあったためか、私が断ってもなかなか強硬であった。これは仕方がないと思い、プーチン大統領の署名の下に小さく漢字で名前を書いた。この時は、漢字にしておけば誰だか分からないだろうという思いがあった。リュビーモフは政治家より芸術家が大切と公言して憚らない激しい人だが、この時の彼の気分になれなれしく乗ってしまう自分も嫌だったので、彼の意には少し反しておいた。
  高雄のそれとは違っているが、あの署名がモスクワに残っていると思うと、やはり今でも、いささかの恥ずかしさは免れない。明日は6週間ぶりに日本に帰る。

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February,07,2011

2月7日 八百長

 「茶花女=椿姫」の舞台稽古が落ち着いてきたので、時々テレビを見る。カイロの騒動はどうなったのか興味があった。そしたら突然、外国のニュースのいくつかが、大相撲の八百長問題を放映していた。これが世界のニュースとして、取り上げられていることに驚いたが、こんなことは以前から問題にされてはいた。大相撲も次の春場所を中止にするとのことだが、この八百長の証拠が携帯電話のメールだということ、その文面の新時代文学言語とでも言うべき言い回しの他愛なさが笑える。
 八百長といえば日本はすべての事が、それで成り立ってきた国である。かつての自民党、社会党、公明党などの政治を思い出すまでもなく、政・官・業、それにジャーナリズムの癒着は八百長以外の何物でもなかった。改革を目指した現在の民主党にしてからが、表の顔とは違って、自分に都合が悪ければ、裏で積極的に手を染めていることである。
 私の業界、演劇界などもその最たるもので、朝日新聞や読売新聞の演劇賞受賞者と選考委員のメンバーを過去から調べてみれば一目瞭然、文化庁や新国立劇場をも巻き込み、すさまじいものである。この演劇八百長を取り仕切ってきた手配師が、小田島雄志、扇田昭彦、大笹吉雄、西堂行人などのジャーナリストと評論家、そのお蔭で井上ひさし、蜷川幸雄が横綱を張りつづけ、野田秀樹が大関、坂手洋二が前頭の筆頭などを維持してこれたのである。それは、今年の読売新聞の演劇賞が期せずして表明している。ここに列記したメンバーが相も変わらず、ずらりと顔を揃えている。
 朝日新聞はさすがに経営不振のためか、この工作のメリットに疑問を感じたためか演劇賞を廃止し、いじましい日本の演劇業界への八百長工作からは一歩ひいた形だが、演劇関係の記事に関しては相変わらずであることには変わりはない。ただ大相撲の八百長とちがって、演劇界のそれは金銭ではなく、業界を取り仕切りたいという手配師たちの権力欲と公私混同体質の臭気がして、日本的伝統としての八百長ののどかさがない。民主党の八百長工作と同じで、ある種のいじましい姑息さを感じざるをえない。
 私は今の日本の社会制度の中で、八百長は完全に無くなるはずはないと思っている。というより、これを日本で完全に無くすためには、思い切った制度改革が先だと思う人間である。今度の相撲界のそれは、その八百長の中心的な人物たちを見ると、ほとんど建設業界の談合と同じである。談合こそ日本の伝統文化、ワークシェアリングという経済的な相互扶助の優れた形態だとまでは言うつもりはないが、ただ精神的な個人倫理の面だけで否定すべきものではない。相撲界の八百長もそんな程度のものだったと朗らかに謝って、公益法人申請を取り下げ、国技などと思い上がったことを言わないことにしたらどうだろう。はっきりと私利私欲の利潤追求の経済団体だということを自ら認めるべきであるし、世間もそう見なすべきである。いまさらこの日本社会で、キレイゴトを言う必要はない。
 モンゴル出身の朝青龍が引退するとき、その理由に横綱の品格や品位に欠けるなどと馬鹿なことを主張する識者は多かった。バブル経済を経過して以後、日本社会のどこにそんなものがあったというのか。こんな言葉を使って他人を非難することができる日本人こそ、ペテン師か精神の八百長を実行している人に違いないのである。

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