新・帰ってきた日本

SCOT ブログ

October,25,2015

10月25日 万里の長城から

 中国で焼き魚、しかも秋刀魚が食えるなんて。劇団員が喜んでいた。一昨日はラーメンと鳥の唐揚げ、昨日はチャーハンに秋刀魚が添えられた。北京郊外の古北水鎮の深夜食堂という名前の食堂、夜の10時のことである。夜8時から朝まで開店している気楽な拵えの店、日本の飲み屋食堂のようだと男優たちは言う。
 今月の10日朝に羽田を発ち、3時から北京市内のホテルで記者会見をした。古北水鎮にあるギリシャ式野外劇場のオープニングに公演する「ディオニュソス」のためである。中国の4人の演劇人が同席してくれた。20年前に、日中韓共同の演劇祭BeSeToを共に創設した徐暁鍾、もはや80代の半ばを越えているが、彼の元気な姿を久しぶりに見ることができて安心。肩書には私が昨年名誉教授に就任した、中央戯劇学院の名誉院長とある。中国での初めての友人、長い縁を感じる。
 記者会見の後にすぐ古北に入る。北京から自動車で一時間半、万里の長城を仰ぎ見ることのできる山の中腹に観光地として造られた町、さすがに夜は冷える。暗くなるのは6時だから、それから3時間ほど照明を点けた舞台での稽古をする。しばらく後片付けをしてから、照明によって光り輝く万里の長城を眺めながら歩いて深夜食堂に到るのである。
 夜道を歩きながら、私はデルフォイでの第一回シアター・オリンピックスの経験を思い出す。ギリシャの夜は暗くなるのが9時頃、それから舞台での稽古をするから、終わるのは夜中の2時とか3時になる。
 デルフォイはパルナソス山麓の断崖の縁に築かれた町。アポロンの神殿と競技場と野外劇場を擁する古代ギリシャの聖地である。稽古の後、夜の山道を街の方に下って行くと、デルフォイの街の上、遥か彼方に海沿いの町の灯りが目に入る。その灯火を見ながら、アポロンの神託を求めて旅をしてきた巡礼のことを想像した。彼らは、ナニヲ、ネガイ、ナニヲ、カナエタカッタノカ。そして、ナントナク、私は感動し昂揚した気分になった。
 万里の長城も断崖絶壁の上に築かれている。築城の発端は春秋戦国時代、外敵の侵入から領土を守るために築かれたものである。その万里の長城を眺めながら、やはり古代人のネガイゴトを想い、私は高揚した気分になるのである。夜の山上にいるということが、ソウシタ共通の気分に誘うのだと、初めのころ私は思った。しかし最近の私は、少し違った感慨を持つようになった。
 私は単純に驚いていたのである。その驚きが私を高揚させたらしい。日本人としては当然だったかもしれない。ナニシロ、アポロンの神殿も万里の長城も石造りなのである。多くの重い石を山上にまで運び込み、何千年も姿形をとどめる建造物を残したエネルギーの量に、マズ圧倒されたのだと思う。
 今にして思えば、あまりにも過剰な動物性エネルギーの集積である。言い方を変えれば、自分の日常の利益のためにすぐに役立つわけでもないもののために、これだけ膨大なエネルギーの放出を、何年も持続させた力に驚くのである。建造物自体を素晴らしいと思うのは、後世の人たちである。
 これらの建造物が完成するまでに要した時間、その時間のあいだに、この世を去った数知れぬ個人がいることを、私は想ったのである。その人たちは、イッタイ、ナニヲ、ネンジテ、建設に勤しんでいたのか、それぞれに違っていたようにも思える。
 5日後に上演する「ディオニュソス」はギリシャの古代都市テーバイに、異文化としての宗教勢力が布教という名の殴り込みをかける話である。異国から押し寄せる宗教の乱入を阻止しようとするテーバイの王ペンテウスは、ディオニュソス教の僧侶と争い悲惨な最期を遂げる。この宗教集団の神ディオニュソスは、ペンテウスを屈服させるため、信徒たちに次のような檄を飛ばす。
 「人間の分際を弁えず、神たるわれに逆らい、供物も捧げず、祈ろうともせぬものらことごとくに、わが神の本体を示してやらねばならぬ。ここを首尾よく仕終えたならば、また他の国に移り、神威を知らせてやるのじゃ。万一テーバイの役人どもが、武力を用いて女たちを山から追わんとするときは、おれが信者たちの先頭に立って、一戦を交える覚悟、さればこそ神の身を秘し、人間の姿になって参っておる。リュディアの守り、トゥモロスの嶺を後にして、はるばると蛮夷の国より、道連れとして率いてきた、わが信者の女どもよ、鼓を高くかざし、このペンテウスの王宮のあたりで、にぎやかに打ち鳴らせ。カドモスの町の者どもに見せてやるのだ」
 このセリフが不気味な行進曲に乗って聞こえてくると、目前に聳える万里の長城が、テーバイの城壁のように生きて蘇ってくるのを感じる。古代ヨーロッパと古代アジアの過剰な動物性エネルギーの出会いが、私を驚かせている。

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October,20,2015

10月20日 東京改造計画

 今年の夏は外国人の出演者が多かった。その一人で「リア王」に出演したドイツ人俳優ゲッツ・アルグスは、アキレス腱を傷め普通に歩くことが辛そうだった。彼のためにリサは電動車椅子を借りた。彼はこれがイタク気に入った。毎日、山の上の宿舎から劇場や稽古場に通うだけではなく、利賀村中を走り廻っていた。最高時速6キロ、それなりの馬力があり、チョットした坂道などは上って行ける。完全に充電すれば20キロは走行できるという。
 リサはこのゲッツの楽しそうな車椅子姿を見かけるうちに、ナニカ、忽然と悟るところがあったらしい。ヤッパリ、速いのはダメダ。傍らにいた若い俳優に言う。
 東京を電動車椅子で何処へでも行ける都市にしたらどうだろう。階段はゆるやかなスロープにする。JRの電車でも地下鉄でも、車椅子で滑り込めて乗車できる。一般道でも高速道路でも、電動車椅子で走ることができるし、すべての車の最高速度を車椅子の速度と同じに制限。エレベーターや電車の速度も同様。安心と安全のスロースピード移動型都市の実現。画期的な提言だと思うよ、この政策を掲げれば、どんな政党も相当な票が集められる。
 若い俳優は反射的に反応する。メールの速度も時速6キロにしちゃうんですか。バカダネ、アンタハ、私は身体の移動の話をしているの!
 リサさんの考えだと車椅子の必要のない若い人たちは、ドウナルンデスカ。早く会社に行きたいと思う人もいるだろうし。車の必要もなくなってしまうと思うんですけど。リサは即座に応じる。そういう人は歩くんだよ。それが嫌なら東京を出て地方に行けば、イイジャン。人は少ないんだし道路は空いている、自動車を好きなだけ乗り回せば!
 すると東京は老人の都市になるんですか? ソウダヨ、モウ、ソウナリツツ、アルンダヨ。ソウカナー、東京は若者の都市だと思っていましたけど。アンタ、最近の新聞を読んだ? ヨンデナイネ! リサはポケットから、財布に挟んであった四つ折りになった少し古ぼけた新聞の切り抜きを取り出し手渡す。コレ! ヨンデゴラン。一面トップ。
 「介護難民」10年後43万人。「日本創成会議」老人の地方移住を提言。首都圏の高齢者は、いずれ介護施設の人材とベッド数が不足する。
 首都圏の老人もカワイソウ。シリアの難民と同じにされてる。ソウダヨ! 存在自体がメイワクラシイ。チョット言い過ぎだ。難民というのは金のある地域や国に行くのがアタリマエ、ソレヲ貧乏な地方に行けとは。地方の老人だって、囚人みたいに移動もならず、貧しく暮らしている。金を儲けた末に、働けなくなった老人を地方の老人が、メンドウミルナンテ!
 ダカラ、私は東京を改造するんだよ。難民を地方に押し付けるんではなくて、地方から積極的に老人を受け入れる。政治家や官僚が占拠している建物や大学の施設を、しかるべく改造すれば老人のための立派な介護施設が数多く出来る。国会議事堂なんかも最高だ。全国の老人のための格安の住居がイッパイデキル。そうすれば東京は超高齢化社会の国際的なモデル都市になる。世界中の老人が住みたいと思う老人天国。住民の半分ぐらいは外国籍で、ミンナ電動車椅子に乗ってホガラカ、並んで走りながら会話もデキル。東京は世界の最先端を走ることになる。
 ナルホドネ、車椅子にコンピューターがあって、老人が走りながらメールをするなんて、ホホエマシイ光景ですね。コダワルネ、アンタハ、リサはチョットだけ妥協。ソレモ、アッテモ、イイサ。
 政治家はハッキリ言うべきだね。若いうちは東京に来ないで、老人になったら来てください。そして最後の人生を楽しんでください。東京都には金はドッサリあります。交通網の整備だけではなく、伝統芸能もオペラも美術館も野球も相撲も、もちろんオリンピックも観られます。世界中の美味しいものも食べられます。地方のオジイサン、オバアサン、オオイニ、楽しんで死んでいきましょう。東京改造計画を政策に掲げる党が出てきたら、ウケルヨ。
 若い俳優が、ツイニ、ノッカル。自分たちが率先して行動しないで、口先だけの提言ではダメデスネ。僕は東京の大学教授や評論家が、テレビの座談会なんかで日本を憂いたりすると、ウンザリシマス。オマエラハ、ネットデモ、ヤッテロ! って。
 リサはこの発言にはマンゾク。ソウナンダヨ、そういうのを私は「痴呆早世会議」って言ってるんだよ。 

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October,10,2015

10月10日 食事からの風景

 久しぶりの東京。自宅に帰る前に、東京駅前の旧東京中央郵便局の中のレストランで食事。新宿の早稲田小劇場で活動していた頃、外国に電報を打ちに訪れた場所である。外国と至急に連絡をしたい時には、ここに来る以外にはなかった。
 内部は随分ときれいで、ゆったりとした空間に改装されている。私にとってこのビルは相変わらず有り難い。富山との行き来を飛行機ではなく新幹線にする場合、食堂街が夜の11時まで開店しているのが便利なのである。サスガ、トウキョウと身勝手な感心をしている。
 最近、外国人や日本人の来訪者に、利賀村の日々の食事が美味しくなったと言われる。芸術公園内にある食堂ボルカノは、劇団員と劇団員以外の出演者、それにサマー・シーズンのゲストの専用にしているのだが、この言葉は舞台の出来具合が良かったと言われるのと同じように嬉しい。というのは、このボルカノでの料理のメニューは、女優が中心になり考えているからである。男優が作らないというわけではない。高校時代には料理を専門に学んだ男もいる。この男優は30種類ぐらいの食品の特性、カロリーや成分を覚えているという。毎日の食事は当番制、女優が中心とはいえ男優も加わって五人一組で作っている。
 時々、珍しい食材を使った料理が出る。どうしてこんなものが手に入るのかと不思議に思うことがある。それだけではなく、こんな食材を使っていたら劇団の財政、と言ってもわずかなものだが、それを圧迫するのではと危惧して尋ねる。
 その答えはすべて、ネット。心配しなくてダイジョウブ、と答えられる。ドコニ、ナニガ、どれだけ安く売っているか調べまくっていると言う。インターネットを縦横に活用しているらしい。食事当番に加わった外国人に、自分の得意な料理を作りたいと、珍しい食材を要求されても、ホトンド、OK、ニホンはスバラシイそうである。
 女優のリサが男優に聞いていたことがあった。TPPが発効すると、ウチノ、ショクジにも影響が出ますかね。男優は突然のことで、何を言われているのかわからない。食料費が安くなるのか高くなるのか、私は劇団のケイザイのことを考えているんですよ、とリサは言う。男優はリサに刺激されて他のことを考える。先輩はTPPなんて興味がないんだ、芸術一筋、ダモンネ。外国から食料品が安く輸入されたら少しは私たちの苦労も助かるかと思って聞いたんだけど。オレハ、ムシロ、ジャガイモやホウレンソウの畑でもやろうかと思ってるんだよ。新鮮な野菜をすぐ食えるように。ダメデスヨ先輩には、アレハ根気がいるんです。
 劇団員の食事は劇団員で作る、この方針を実行しだした初めの頃は、私は少し心配だった。稽古時の集中力が少し拡散し弱くなるのではないかと。しかし、今になってみると結果はよかった。劇団員同士が演劇とは異なった目的に一定時間を集中しながら、いろいろな会話を発生させているからである。お互いの存在を異なった文脈の中で感じあえるだけではなく、利賀村での生活以外の流動する社会の一端にも、ヴィヴィッドに触れることができている。利賀村のような山の中での、常ならぬ演劇活動の客観化の助けにもなっているように感じるのである。リサと男優のトンチンカンな会話にも、その一端は浮いている。
 TPPとはリサも大きく出たが、物事の理解の最初はこんなもの、自分の身のまわりの事象に引きつけて、対象を身近につかもうとする。なんでも理解したい、理解したとするこの態度は悪くはないと思う。
 もっとも、肝心な演技が、ウスッペラな理解を前提に作られるのは困るのだが。私は稽古場で、リサによく言うのである。モウスコシ、台本を勉強し、考えてきたらと。 

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