新・帰ってきた日本

SCOT ブログ

November,26,2017

11月26日 シアター・オリンピックス・利賀

 今年の夏、SCOTサマー・シーズンの幕開きに、シアター・オリンピックスの国際委員が集まった。その折に、2019年の8月から9月にかけて、九回目のシアター・オリンピックスを利賀村で、ということになった。むろん、これは私が言い出したことである。
 2019年というのは、今に到るまでのシアター・オリンピックス開催を、陰で支えた斉藤郁子が亡くなって七回忌にあたる。日本では故人を偲ぶための重要な年だから、私は斉藤の功績を称えるためにも、利賀村でのシアター・オリンピックスの開催はどうだろうかと提案してみたのだが、参会者全員が積極的に賛成した。その場には同席していなかったが、アメリカの委員ロバート・ウィルソンも、私の報告にすぐに返事をしてきた。
 “ I think the idea to honor Ms. Saito is a great one and I would be honored to participate in the 2019 program. Fingers crossed my schedule will allow me to come.”
 斉藤郁子が世界の演劇人から愛され尊敬されていたことを改めて感じさせられる。提案時の私の心づもりでは、国際委員の作品だけの小規模なことを考えていたのだが、委員たちと話すうちに規模は膨れ上がり、利賀村でのオリンピックスには世界各国から25作品が参加する予定になってしまった。ナニセ、トガムラ、私の来村時には1,500人だった人口も、もはや数百人しか住んでいない。オマケニ、今年は地滑りもあり、劇場の在る地域、百瀬地区への道路は遮断され停電まで起きている。規模が膨らむのは嬉しくないことはないが、その嬉しさに反比例するように私の心配も、フクランデイクのである。ソノウエニ、更に骨の折れそうなことが起こった。私は今月ロシアのサンクトペテルブルクへ行って、プーチン大統領に会ったのである。
 シアター・オリンピックスの創設者の一人であるロシアの委員、ユーリ・リュビーモフが亡くなって、その後継者としてのロシアの委員は、サンクトペテルブルクの由緒ある国立劇場の芸術総監督ヴァレリー・フォーキンがなった。その彼が同じ年に、サンクトペテルブルクでもシアター・オリンピックスを開催したいと言い出したのである。
 利賀村で開催するからといって反対する理由はない。いつでも、どこでも、この催しが実現するなら、ソレハ、ハッピー、これが芸術家の自主事業としての、シアター・オリンピックスの態度である。タダ、イツモ、物心両面で応援をしてくれる国や自治体が存在しなければ実現できない催しでもあった。
 ヴァレリー・フォーキンにはある思惑があった。自らが芸術監督となるサンクトペテルブルクのオリンピックスを、第三回のモスクワ大会の規模に対抗できるように、プーチン大統領の積極的な承認を取り付け、この事業を権威づけたいというものである。むろん、その結果として、ロシアの文化省とサンクトペテルブルク市政府から、オリンピックスの開催費用を捻出したいと考えていたのは言うまでもないだろう。
 そこで彼は、シアター・オリンピックス国際委員会の委員長と委員の一人である私がプーチン大統領に会って、オリンピックスをサンクトペテルブルクで開催することが、いかに大切であり素晴らしいことであるかを説明するように求めた。私たち二人はオリンピックスの創設者である。新しく加わった委員であるフォーキンの助けになるならばと、私は吉祥寺公演の稽古を抜け出し、ロシアへ行ったのである。
 私はオリンピックスの委員長、ギリシャの演出家テオドロス・テルゾプロス、アレクサンドリンスキー劇場の芸術総監督で演出家のヴァレリー・フォーキンと一緒に、11月17日プーチン大統領に会った。私たちの要望を聞いた後、大統領は即座に大臣や秘書官、幾人かの外国の要人の同席する前で、承知したと言った。私は退席する際に、2001年のモスクワでのオリンピックスの時に、ユーリ・リュビーモフやロバート・ウィルソンと共にクレムリンに招かれ、一時間ほど懇談したことを話した。そして、フォーキンと共にサンクトペテルブルクでのオリンピックス開催にガンバルと言った。大統領は私に向かって親指を立てて言った。長く付き合うことは良いことだ。
 2019年のシアター・オリンピックスは、利賀村とサンクトペテルブルクの二カ所で二度、第九回と第十回が行われることになるのか、それとも第九回を合同で開催することになるのか、これからの話し合いによる。ヴァレリー・フォーキンは合同で第九回を実現するのが良いと考えている。私もそれしかないだろうと思うのだが、一方はプーチン大統領の生まれ故郷の大都会、他方はその存在の消滅を予測されている典型的な山奥の過疎地、この取り合わせは奇抜で私の好みにもあって面白いが、さて、ロシア政府が前面に出てくる事業のようになったら、日本政府は?などと考え、気楽な気持ちだけではいられない心境にもなっている。
 しかし、世界が注目する一国の大統領にまで、直接に会って応援を頼んでしまった事柄である。いずれにしろ一生懸命にやらねばならない。斉藤郁子はあの世で何を感じるだろうか。今はただ、シアター・オリンピックス創設時の精神を失わずに、この大事業が上手くいって、斉藤が喜んでくれることを願っている。 

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