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January,10,2010

スタニスラフスキー賞受賞あいさつ

 人間には三種類の故郷があると言われます。一つはその人の生まれ故郷、二つ目は自分の家族を形成し、仕事をするために住んだ場所=土地です。三つ目は感動と友情で結ばれ励ましあう心の故郷です。
 芸術家、とくに演劇人はこのうちの三つ目の故郷、民族や国家、貴賎貧富、男女という性による区別を乗り越えた心の故郷をつくりだしたいと活動する人達だと私は思っています。私は40年という年月、たえずこの目には見えないけれども確かに存在し、生きる希望を与えるこういう故郷に出会いたいと、日本以外の国でもたいへん多くの活動をしてきました。むろん、その過程で生きていくことをつらいと感じたり、自分の非力のために平和な故郷をつくりだすよりも、人間同士の争いの方をつくりだしたこともあります。しかし、それでも40年にわたって演劇活動を続けてきたのは、感動と友情によってつくりだされる故郷を追い求める私の欲求が強かったのだ、その欲求を手放さなくてよかったと、いまこのチェーホフ記念モスクワ芸術座の舞台上であらためて感じています。
 日本以外の演劇に興味をかき立て、その作品はどのような過程を経て舞台化されるのかを知りたいと最初に私に思わせ、演劇の世界に足を運ばせるようにしたのは、ほかならぬチェーホフです。そのチェーホフゆかりの劇場で表彰されることはたいへん幸せです。
 もう一つ、本日いただくスタニスラフスキー賞がいかに私の気分を幸せにさせているかを述べます。あるときから私は、私がたてた基準に合致しない賞はもらわないことにしました。その基準は三つあります。
 一つはそれが日本人だけを対象とした賞である場合。もう一つはその賞が個人名によって与えられるもので、その個人が私と同時代を生きている場合。あるいは少しでも人生の時間を私と共有している人の場合です。
 芸術家というものは、どんな若いときでも唯我独尊、自分を天才だと思っているものですから、自分の国だけの財産にはなりたくありませんし、また、同時代の生存者で自分よりも優れた人がいるということを多くの人の前で証明されるのは迷惑に思うのです。では故人ならばだれでもよいかといえば、そうではありません。やはりその人が遺した業績が申し分なく、私が尊敬できなければ困ります。
 今回いただくこの賞は、まったくこの基準にぴったりなのです。スタニスラフスキーはロシア人、賞は国際賞、しかも私が生まれたのは1939年、尊敬するスタニスラフスキーが死んだのは1938年です。
 こんなに晴れやかな心で、気持ちよくもらえる賞はめったにないと思います。ありがとうございました。
 

2004年10月30日、鈴木忠志演出・チェーホフ記念モスクワ芸術座公演『リア王』初日舞台上にて

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