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April,01,2013

演歌について

 私が若かった頃、1960年代の末には、鶴田浩二、高倉健、藤純子などが主演するヤクザ映画というのが、大変な人気を博していました。主人公は「任侠道」に生きる人間で、もともと「任侠道」というのは中国から入ってきた考え方です。世間の多くの人たちの生き方からは外れた、「アウトロー」と呼ばれるような人たちの生き方や、心の中にこそ、人間関係を配慮した本当の人の道、というものがあるのではないか、というような主張をしていました。日本が工業化・都市化する過程で生み出した弱者の心を励まそうとする映画で、社会的に虐げられてはいるけれども、心は強くあろう、というような人たちに励ましを与えるものでもあった。ある種の演歌は、そういう精神のありようと響きあうものを持っている、と思います。ですから、演歌には、濃密な人間関係に基づいたコミュニティや、中間集団の中で共有されてきた弱者への道徳的感情が流れています。
 もちろん、私たち日本人は、明治以来、ある意味では前近代的な人間関係を近代化しなければいけない、という考え方をもって、この一世紀を生きてきました。ですから、現在の若い人たちの歌は違っています。ツイッターのように、孤独な人のコミュニケーション欲求を充たす呟きになっています。弱者は必ずしも孤独になるとは限らないのですが、現代社会では弱者はおおむね孤独になります。
 私も、演歌のすべてが好きだ、というわけではありません。ほとんどバカバカしいと思っているところもある。それでも、芝居の中で使うのは、そのバカバカしさの中に、現代人が抱いているさまざまな弱者の願いや妄想を読みとることができるし、その心情を通して、ともかく、一生懸命に、本気になって生きようとしている人間の姿を映し出すことができるのではないか、と考えているからです。若い人たちには、現実の世界ではほとんど見られなくなった人生の在り方を、舞台上の俳優を通して感じとってもらえたら、生き方の参考になるのではないか、と思ったわけです。
 
2010年12月、「利賀から世界へ」3号<「新・帰ってきた日本」上演後のトーク>より

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