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SUZUKI's Works ⁄ 鈴木忠志構成・演出作品

「サド侯爵夫人」

 私は三島由紀夫という人間には、変わらぬ興味をもっているけれど、生前の彼の演劇活動には、それほどの興味をもてなかった。ことに歌舞伎に関する仕事は、その言説とは反対に、評価できなかった。また三島作品を演出したこともない。これからもあるかどうかわからないが、「サド侯爵夫人」だけは例外である。その理由は二つある。一つは、この戯曲が舞台上で語られる書き言葉の成果として、日本の演劇史上、頂点をきわめていること、もう一つは、古典的な意味での芸術家と批評家との関係を描いた記念碑的作品だと思えたことによる。
 昨今の演劇界では、舞台上で語られる言葉=セリフは、日常の会話らしくあることが肝要で、それが劇作家の仕事だと錯覚している人が多い。しかし、舞台上の会話は、日常会話の再現でも模倣でもない。演劇という歴史性をもった表現形式を踏まえて、会話という形式の中で、人間がかかえている諸問題を顕在化させたり、その成り行きを解明したりするものである。この「サド侯爵夫人」に書かれている言葉=セリフは、会話風ではあるが決して日常で見聞される類いのものではない。ものごとを指示したり、描写したり、心情を吐露したり、相手の言葉に反応してみせたり、偶然的な発語に身をまかせたりする類いの言葉ではない。要するに、相手というものが存在しなければその言葉の生命を維持できない現実的な言語場を想定させるものではない。ここにある言葉のほとんどは、思考というものに集中した人間の持続によってしか生み出されない内面の言葉であり、会話風にみえているところも、ひとつの主題をめぐってなされる論理的な対話である。対話とは、明確な主題が共有されている上でなされる論理的な討論であり、それはひとりの人格のうちにも起こりうる思考の形態である。だから、それらの言葉は、孤独である人間のうちからもっともよく発想され、生み出される。日常では絶対に話されない言葉を、日常でも起こりうる現場の会話であるかのようにリアリティを付与してみせたのが、三島由紀夫の見事な演劇への力量である。
 戯曲「サド侯爵夫人」は、現在の演劇界で上演するのはむずかしいし、上演されれば必ず、この戯曲を裏切ることになるというのが定説のようである。この書き言葉=セリフに対応する演技が創り出されていないことを前提とした言である。この戯曲を上演してきた新劇界の実情からすれば、うなずけないこともないが、もしそうだとしたら、ヨーロッパ演劇を範としてその表現のスタイルを形成してきた新劇の悲劇を、これ以上に意味するものはないばかりでなく、文学というものの伝統や歴史性に、新劇人がまったく孤立して存在するようになったことを意味している。書き言葉を見事に視聴覚的に構成して、人間の見えない部分を顕在化すること、これが俳優の演技という仕事であり、ギリシャ悲劇以来のヨーロッパ演劇の伝統である。そしてヨーロッパ演劇の主流は現在でもすぐれた書き言葉を生み出しつづけること、それはとりもなおさず、孤独な表現者としての劇作家の存在を確認することになるのだが、その点において確固たる存在理由を示している。私がギリシャ悲劇を好んで上演するのも、それらの作品が日常会話から垂直的に屹立していて、演劇における書き言葉の力を示した始源の形をとどめているからである。
 たとえば、エウリピデスにギリシャとトロイアの戦争をあつかった「トロイアの女」という作品がある。ギリシャ軍の勝利の後、トロイアの男はすべて殺され、王妃ヘカベ以下の女たちが、奴隷としてギリシャへ連れていかれるその直前の王家一族を描いている。エウリピデスはこの戯曲を実際にあった事件、ギリシャ軍によるメロス島民の大虐殺に抗議して書いたともいわれているが、この戯曲の主人公、王妃ヘカベは、ギリシャ軍に虐殺された孫を埋葬する場面で、こう語る。「神様方のお心は、ただ私を苦しめ、トロイアをば、とりわけて憎もうとなさることであったとしか思われぬ。牛をほふって勤めた奉仕も空しいことであった。しかしまた、神様がこれほどまで根こそぎに、トロイアを亡ぼされることがなかったら、わたしらは名も知られず、後の世の人に歌いつがれることもなかったであろうし……」。
 われわれの接する新劇的リアリズム、演劇を会話という言語場を現在形だけで生きる人間をあつかうものだとみなす観点からすると、これは実にふしぎな言葉=セリフである。もしヘカベという人物が実在の人物であったとしたら、一回性としてこのシチュエーションを生きている人間がなぜ、この悲劇がなかったら後世の人に歌いつがれることもなかったなどと言いうるのであろうか。これは現在を生きている作者の視点から書かれた言葉で、このセリフには、ヘカベと作者の二人の生きた時間が流れている。さらにこれを、二千年以上も経た現代を生きる俳優が演じるとなれば、三つの異なった時間が舞台上に流れることになる。そして観客は、その三つの時間が宿る舞台空間から、世界を見る見方を教えられたり、世界への批評性を獲得したりする。これこそが演劇という特異な表現様式のなかを生きつづける書き言葉というものの力なのである。そして、それは往々にして共同性を前提にして成立する社会に、何らかの異和感を確認した孤独な個人のメッセージとして書かれている。
 戯曲「サド侯爵夫人」に興味をもったもう一つの理由は、三島由紀夫という芸術家が、どのように芸術家というものを規定し、そうあるために何を必要としているかという願望が、実によく表現されていると思えたからである。端的にいえば、芸術家にとって理解者とは何か、この理解者を最上の読者あるいは批評家と言いかえてもよいが、それがどういう形で存在してほしいのかということを表明しているからである。芸術家と批評家という関係については、古来さまざまな言説がなされてきたが、その関係への芸術家の側からの見解がこれほど明確に示された例はないと思う。しかもそれが、演劇という形式を借りてなされたところに、この戯曲の特異性がある。
 三島由紀夫は「サド侯爵夫人」について書いた文章の中で、「サド自身よりも、サド夫人のうちに私は、ドラマになるべき芽をみとめた」といっている。また澁澤龍彦の「サド侯爵の生涯」を読んで、「サド侯爵夫人があれほど貞節を貫き、獄中の良人に終始一貫尽していながら、なぜサドが、老年に及んではじめて自由の身になると、とたんに別れてしまうのか、という謎」にもっとも興味をそそられたとも書いている。そして、このサド侯爵夫人の態度に、「人間性のもっとも不可解、かつ、もっとも真実なものが宿っている」とし、その論理的解明が戯曲『サド侯爵夫人』だというのである。
 三島由紀夫の言い方は、一見もっとものようにみえるが、これは一仕事を終えた後に俗耳に入りやすくその仕事を説明するためにひねりだされたサービスのような理屈にみえる。謎は興味として感じられたのではなく、創り出されたからである。その創り出した過程に、膨大な論理的言語を投入した、その結果がこの戯曲なのであって、その逆ではない。私には、女性が結婚という制約の中でなにがしかの役割を果たし、その夫が犯罪者となって獄につながれ、ようやく刑期を終えて出獄してきたら、もうこれで堂々と離婚ができると思うほうが、通常のように思える。現実の女性という観点で考えるならば、三島由紀夫が描いたサド夫人がサドが獄中で書いた「ジュスティーヌ」を読んだから離婚を決意するなどとは不可解である。そんな女性が本当に存在するかと思えるほどの驚きである。ましてや相手は老年の男である。粗大ゴミか痴漢にしかならない男の行く末を看取る義理はないと、側を離れたくなるのは当然で、むしろこういう女性の心理や行動を認めたくないとする三島由紀夫のほうに謎があるのである。
 芸術家という存在がどういうものであるか、実体としてだれも指し示すことはできない。たしかフランスのモラリスト、ラ・ロシュフコーの箴言に、恋愛とは幽霊みたいなもので、皆たしかにあるというが、だれも見たことがない、というのがあったと記憶する。芸術家も同じであろう。われわれは作品を通して、芸術家とよばれる特異な精神状態を生きた人を想定するだけで、芸術家とよばれる人たちの生きた時間を共有したわけではない。だから、芸術家という概念には、未知の世界を生きたり、既存の秩序の網の目をすりぬけるような非秩序を生きる人だという思い込みを可能にする。そしてその思い込みは、現状というものを否定するもっとも鋭い意識の持ち主が芸術家だという転倒を生み出してしまう。この思い込みを可能にしている芸術家という存在に、どのような実体を付与できるか、それには未知を生き、既存の秩序に収まらないものはこれだと立証してくれる批評家が要る。これにもっとも強くこだわったのが三島由紀夫である。
 戯曲「サド侯爵夫人」の第二幕で、サドとの離婚をせまる母親モントルイユ夫人に、ルネはこういうのである。「アルフォンスは譬えでしか語れない人なのです」。それに対してモントルイユ夫人は「お前は共犯になったのだね」という。そして、しばらく母と娘の夫の評価をめぐっての諍いがあった後、娘は母親に向かって「あなた方」というのである。このときモントルイユ夫人はさすがに「母親に向って、あなた方とは何事だい。かけがえのない母親に向って」と激しく応酬する。すると、娘は決定的な一語を発するのである。「あなたはあなた方の一人にすぎませんわ」。
 私はこの場面を読むと必ずある光景を思い出す。それは、地下鉄サリン事件を起こす以前のオウム真理教の信徒が、両親と対決する場面である。テレビで見たのだが、オウムの信徒になって家を出てしまった娘の両親が、麻原彰晃に娘を家に戻してくれるようにと記者会見をしているところへ、当の娘たちが記者会見を中止しろとのりこんできた場面である。娘たち二人は両親に向かって、私たちは欺されてはいない、やめろ、やめろ、とどなるのである。そのときの両親の、息をのんでまじまじと娘たちをみつめる顔を、いまでも忘れることができない。このとき両親ははじめて、娘たちは欺されたのではなく、共犯になったのだということを感じたのであり、両親は娘たちにとってかけがえのない存在ではなく、新聞記者と同じように「あなた方」だったということを思い知らされたのである。
 三島由紀夫は、芸術家としての自分の最良の理解者である読者あるいは批評家は、作者と共犯でなければいけないといっている。侯爵夫人ルネは母親モントルイユの、サドという人間の真相はすべて鞭とボンボンに表れているという言葉に、「それは知識」だという。それはあなた方の理解だと。では、知識でないものとは何か。あなた方のような複数ではなく、固有の存在として生きているものとはどういうものか。それが比喩でしか語れない芸術家の本質というものだという思い込みを論理化するために、サド侯爵夫人ルネに謎が付与され、貞節という手垢にまみれた精神的な観念が光り輝くかのように登場してきた。純粋な生を希求する精神活動の根底には、必ず絶対者の秩序を想定する欠如というものがあり、この欠如を欠如として鋭く自覚したものだけが、固有なものを真に理解する貞節を生きると、三島由紀夫はルネを借りて語っている。この当時の三島由紀夫に必要だったのは、自らを真正の芸術家として立証してくれる共犯者としての批評家だったといえるかもしれない。
 ならば、よき理解者としての批評家は作者に会う必要はない。不可視の本質というものに、じかに結びつくことが精神の貞節だとする三島由紀夫の考え方からすれば、作品を通じてその本質に触れればよいのである。サドへの真正な理解者、批評家に成長したルネが、老いさらばえたサドに会わなかったことこそが、芸術家というものに対する批評家の古典的な態度=貞節であったということになろうか。この点については、三島由紀夫じしんがそう思っていたかどうかは、この戯曲を読む限りでは定かではない。
 
2003年、「内角の和・Ⅱ」より 


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