SCOT SUZUKI's Works / 鈴木忠志の作品

世界の果てからこんにちは / Greetings from the Edge of the Earth

作 鈴木忠志 Suzuki Tadashi
初演 1991年 利賀 野外劇場

演出ノート
日本という幻想
 私の演劇活動の初期は二つの思想的な課題を軸に展開した。一つは日本の現代演劇は西洋の影響のもとに出発したが、その影響の受け方はこれで良かったのかどうか、もう一つは日本人と呼ばれる人種あるいは人間集団の思考や情動の独自性はどんなものかを解明することであった。前者は新劇の演技の再検討となり、後者は日本人が日本語で書いた文章、小説、戯曲、随筆、論文などの言語的な資料を積極的に舞台化することにつながった。『劇的なるものをめぐって』シリーズはこの時期の代表的な舞台である。
 今回の舞台、『世界の果てからこんにちは』は利賀フェスティバル開催10周年を記念して、これまでの私の作品の中から、日本について考えさせる場面を抜き取り、花火を使ったショウとして構成したものである。長年私の舞台を見てくださった方には、見覚えのある場面が次から次へと出てくるように思われるだろうが、今までとはまったく異なった主題の文脈で出現しているから、また新鮮に感じていただけるかと思う。宗教人の世俗性や日本主義者の民族的妄想、あるいは食べ物をめぐっての些細ではあるが熱狂的な諍いや、歌謡曲に表出される自己満足的でセンチメンタルな抒情など、日本人が陥るバランスを欠いた心性の幾つかを批評的に造形してみた。むろん、それらの心性も時代環境や人間関係の特殊性が生み出す有為転変のものなので、ベケットやシェイクスピアの歴史的時間に対する意識性との対比の中で展開するようにしてある。
 結論的に言えば、現在の我々には日本という言葉から感じる共有のアイデンティティーはないのだということになるが、それは第二次大戦を挟んだ日本という国の在り方、その断絶と継続の局面をどう把握するかという努力を意識的にあいまいにしてきた国家的怠慢に起因しているという私の考えによっている。シェイクスピアのマクベスの死ぬ直前の有名な場面のマクべス夫人が亡くなったという報告を、「日本がお亡くなりに」にし、つづいての独白を「日本もいつかは死なねばならなかった。そういう知らせを一度は聞くだろうと思っていた」と改変したのはそのためである。
 ともかく花火を使って空襲や特攻隊自爆のイメージを再現できるなどとは思いもよらなかった。こういう劇場は世界のどこにもないだろう。こんなことが一過疎村で実現したということにあらためて驚くのだが、演劇人としてはたいへん幸せなことで、こんな劇場を作ってくださった利賀村民の皆様に心からの感謝を申しあげたい。

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