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新・帰ってきた日本

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SCOT ブログ

May,21,2019

5月21日 新ロックシアター登場

 シンガポールの国際演劇祭で「ディオニュソス」の公演をして一昨日に利賀に帰る。10年前に「エレクトラ」を上演、その時と比べると街の光景は美しく一変している。劇場も同じヴィクトリア・シアターだが、こちらも改装されて素晴らしいものになっていた。公演は優秀なプロデューサーと技術スタッフの力量で、作品の出来具合も満員の観客の評判も良く大成功。ただ、劇場内は冷房で冷やしすぎ、ホッカイロを多用して腰を温めないと座っていられない寒さ。外気温は連日30度を越えているから、出入りのたびに衣服を脱いだり着たりしなければならない。15度以上もある寒暖の差に、身体が対応しきれないで少し調子をこわした。
 利賀村には北京の国立劇場「国家大劇院」で開催される世界演劇祭、そのオープニングに上演する「リア王」の外国人俳優たちがすでに到着していた。上演の計画時には6カ国語での舞台だった。しかし、ドイツ人俳優の突然の逝去で5カ国語になり、リア王の役は急遽SCOTの竹森陽一が演じることに。稽古期間は2週間弱しかないから、シンガポール滞在中は心配で仕方なかったが、昨日から稽古を始めてみると、私の不在中に竹森が十分に稽古をしておいてくれたので、順調なすべりだしでホッとする。持続する集団の強みを改めて感じた。
 私の作品に第二次世界大戦を生き延びた男を主人公とした作品がある。「世界の果てからこんにちは」である。この舞台には二度ほどシンガポールという言葉が出てくる。一度目は開幕冒頭、主人公が語る数学者岡潔の文章から引用したものである。「私は数え年二十九の時、独りでシンガポールの渚に立った。そして突然何とも知れない懐かしさの情緒に襲われた。私は此の時以来日本民族と云うものの、現世を越えた実在を信じている」。
 もう一つはNHKのニュースの中で語られたもの。「シンガポール陥つ、英国東亜侵略の拠点シンガポール陥つ。東亜の空から全世界の空にシンガポール陥落のニュースが飛ぶ。SINGAPOR HAS FALLEN」1941年2月15日に放送された。
 もう20年ほど前になるか、私のトレーニングのクラスにシンガポールから若い女優が参加していた。彼女が2週間の訓練を終えて帰国する直前に言った言葉は忘れられない。「祖父からよく、日本軍は残虐だったと聞いていたから、初めての日本に少し、オビエがあったけれど、利賀にいる人たちは優しくて良かった。日本に親しみを感じました」。確かに、日本軍占領当時に、中国系住民と抗日運動家たち数千人を殺害したという日本政府の調査記録もあるという。
 シンガポールは多民族国家ながら、一党独裁国家に近く、管理社会化が過剰で厳しく、言論の自由もままならない非民主的国家として、多くの問題があるとも言われている。しかし、小国家とはいえ、経済と教育の面では世界有数の優れた国になっていることも事実で、見習うべきこともある。
 利賀村では今、既存の施設の改造中。その中でもっとも変化の激しいものはロックシアターである。岩石で囲われたこの小さな野外劇場は、これまで常設の観客席がなく、いつも仮設の客席だった。しかし、舞台の奥に階段が設えられているので、そこを拡張し常設の客席にするのが今回の改造計画。当然、今までとは反対の劇場構造になる。舞台の背後には広場が広がり、伸びやかで自由な演出が可能な劇場になり、演出家によっては意欲をそそられると思う。
 夏のシアター・オリンピックスには、ロシア、トルコ、メキシコ、日本の四劇団がこの新しい野外劇場で公演する。私も何か新しい作品を上演したい誘惑に捕らえられつつある。空間への挑戦、これは演出家の楽しみの一つ、利賀の芸術環境の進化変貌を絶えず手助けしてくれる人たちに感謝である。 

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April,30,2019

4月30日 平成・最後の雪

 中国は北京の郊外、万里の長城の麓にある古北水鎮、そこで開催している演劇塾を終えて帰国。中国全土から選抜した40人ほどの俳優や演劇の教師に、私の演技の考え方と訓練の実際を教える教室である。今年で四回目になる。今回は生徒の質が良くて楽しかった。会期中、菅孝行、山村武善、西垣通、水野和夫、大澤真幸等の友人諸氏が来訪、様々な分野で優れた業績を上げてきた人たちである。ライトアップされた万里の長城の夜景を楽しみながら食事をする。料理もさることながら、会話も多方向に弾み、贅沢な夜を過ごした感じがした。
 もう日本も暖かくなったかと思いながら帰国したが、利賀村に到着して驚く。ナント、雪が降っているのである。新しい時代に転換するにあたって、<平成>に身につけた惰性の汚れにケジメをつけ、再びマッサラナ気持ちで明日に向かってタビダテ! 五木ひろしの歌う股旅演歌の歌詞ではないが、百里、千里を歩いても、歩くだけでは能がない、ましてやくざな仁義沙汰、広い世間を狭くして、どこに男の明日があるとばかりに、天が私を通俗気分の風呂にドップリ入れて、相変わらず意気がらせてくれているのだと、カッテナ、思い込み。コレモ、利賀村に来てから時折発症する、昭和育ちの私の病気の一種である。しかし、ヘンナ演歌である。どこに男の明日がある、とは。歩くだけが人生に決まっているのである。
 今夏はシアター・オリンピックス(ロシアと共催)のために世界中から演劇人がやって来る。世界中を百里、千里ではなく、万里の長城にまでも歩いた成果かもしれないが、こんなことの連続がこれからも私の明日だったりしたら、ツカレルナーと感慨にふけっていた最中に、ロシアのカウンターパートからトンデモナイ要請が届いた。
 ロシア外務省の次官と特別の外交任務に従事する無任所大使の二人、それに文化大臣を加えた三人に、シアター・オリンピックスの開幕式へ出席するための招待状を送ってくれというのである。シアター・オリンピックスは演劇人だけによって構想された芸術祭である。文化大臣はともかく、二人のロシア外務省の高官がなぜ出席するのか、今までの私の経験からは容易に理解しがたいことなので、この人物たちの経歴を調べて驚かされる。
 外務次官はプーチン大統領から特別代表に指名された日露平和条約交渉の実務担当者で対日強硬論者、「日本とは北方領土の対話はしない、領土問題は第二次世界大戦の結果、ロシア領になったことで70年前に解決済み」などと発言している人物なのであった。こういう人に招待状を送付せよとは、ロシア側に特別な考えがあると想像せざるを得ないのだが、また、日露共同開催で行われるシアター・オリンピックスに、ロシア政府がなんらかの積極的な意味付けをしていて、私のカウンターパートであるロシアのシアター・オリンピックス国際委員に要請した可能性もあると推測できないこともない。
 しかし、私はこれまで自国のみならず、どんな国の政府とも、直接的に仕事をしたことがない人間である。どんな立場で招待をするのか、政治的にはどんな関係が派生するのか、思いあぐねざるを得ない。
 むろん、こういう人たちがシアター・オリンピックスに興味をもってくれることは、シアター・オリンピックス設立の趣旨からして、まことに有り難いことには違いない。ただ、国家同士の政治戦略や一国家の文化的な対外宣伝の一端に巻き込まれることになるとしたら、疲れることだし、私の任をも越えている。
 平成最後の利賀村の雪は、見渡す限り薄く、山々にもきれいに積もった。演歌の文句にあるように、私は日本の中では広い世間を狭くして生きてきたようなところがある。しかし今更、日本で広く生きようと思ったりはしない。世界的には十分に広い世間を生きさせてもらったし、それなりの仁義を切ってきたと思えるからである。
 いつの間にか消えさっていく薄雪のような明日が、これからの私の人生が歩く、能がない道であるのかもしれないなどと思ったりしている。

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April,11,2019

4月11日 無念

 ドイツ人俳優、ゲッツ・アルグスが死んだ。突然の訃報である。利賀村での第9回シアター・オリンピックスの開幕公演として、彼主演の「リア王」を予定していたが、ついにあの素晴らしい演技に触れることができなくなった。
 彼は私の仕事だけではなく、私が知り合った世界のどの演劇人よりも利賀村を愛してくれた。自分の出演する舞台がなくても毎年、SCOTサマー・シーズンには来てくれていた。自分で勝手に日本語の名刺を作り、名前の上の肩書きにはSCOTの劇団員と書き込むような茶目っ気のある俳優だった。
 彼と初めて出会ったのは、2002年デュッセルドルフである。デュッセルドルフ市の公立劇場シャウシュピールハウスの制作で、4人の演出家が異なったギリシャ悲劇をそれぞれに演出することになった。3人はドイツ人以外の演出家が選ばれた。その一人が私で、「オイディプス王」を演出した。その時に主役のオイディプスを演じてもらったのが、最初の出会いである。この舞台はドイツでの公演の後、ギリシャのエピダウロス古代劇場や日本の新国立劇場、もちろん利賀村の野外劇場でも上演している。
 彼は東ドイツの出身、東西ドイツ統一の後に、西ドイツのデュッセルドルフやミュンヘンで活躍していた。大きな身体と強く迫力のある音声の持ち主で、舞台の上での存在感はギリシャ悲劇やシェイクスピアなどの古典戯曲の主役にピッタリ、舞台に登場するやいなやすぐに、観客を旧い時代の雰囲気に誘う見事な力量があった。そういう点では、世界広しと言えども、なかなか得がたい存在だったと思う。
 毎度のことだが、一緒に仕事をした外国の演劇人の突然の死に触れると、形容のしがたい寂しさを感じる。死の有り様も葬儀の様子も詳しく知ることができない。ただ、もう二度と会えないという事実だけが、突然に目の前に現れる。いよいよ会えなくなるかもしれないという、心の準備がなされないからであろうか。
 <仏語>に正念とか無念という言葉がある。両方とも執着や雑念を振り払った心の状態を表す言葉だが、正念と違って無念には、正念を失った口惜しい心、不本意で残念がる心の動きを表す一面もある。
 ゲッツ・アルグスの死を、突然に聞かされた今の気持ちを言い表すとしたら、無念! という一語に尽きる。そして遠くから、ただただ冥福を祈るのみである。 

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April,05,2019

4月5日 誕生祝い

 いつも使っている食堂ボルカノは、シアター・オリンピックスのために改装している。しばらくの間、劇団員の食事の場所は八角型の本部棟に移る。富山県の経済界やカリフォルニア大学などの寄付で建てたもの。友人の磯崎新の設計、八角型の広間は天井が高く、明かり窓が巡らされている。室内から大自然の光の変化を感じられる心地良さがある。通常は図書の閲覧や映画の鑑賞、来訪者の接待に使用している。
 早起きをしてしまい、少し早めに朝食に行く。ビュッフェ用のテーブルには、まだ料理がない。準備中の団員に急ぐことはないよと言ったが、気をきかせた女優がコーヒーを持ってくる。さらに気をまわしたのか、通称ダルマと呼んでいる石油ストーブに手をかざしている私の斜め横に座る。私は別に退屈しているわけではない。
 イヨイヨ、迫ってきましたね。ソウ、80歳。今年はどうしますかね。何もしなくていいんじゃないか。生きている時間がそれだけ短くなったという目印だから、メデタイわけじゃない。オレハ、多勢で英語のあの唄を歌われると、トリハダガタツ。外国のレストランなんかで歌われると、恥ずかしくて逃げ出したくなるよ。ソウハ、イカナイデショウ。劇団員以外の人たちもナニカ持ってきますよ。イツモ、甘いものばかりで迷惑している。自分では食えないから、ケッキョク、お前たちが食うことになる。ハルカはそれを期待している。アイツはチョコレートにはメガナイ。
 演劇以外にチュウさんの老後の楽しみはナンデスカ。ナニヲするんですか。何年も一緒にいるのに、この女優はトンデモナイことを聞く。私が演劇を楽しみでやっていると思っているらしい。私はブッキラボーに答える。ショベルカー。創価学会に寄付してもらった土地に、二つ建物は建ったけど、まだ整地されていない所は多いからな。ケッコウ、時間はかかるんだよ。女優は、モウ、ヤメタラという顔をしている。
 昔、田中角栄という総理大臣がいた。小学校を卒業して、しばらく新潟県で土建の仕事をしていた。そのとき従業員仲間に言ったそうだよ。スエズ運河もパナマ運河も我々のような人間が手作業で造った。そのお蔭で地球の交通体系は変わり、全世界の人たちが便利をした。我らは地球を改造する芸術家だと。地形が変わっていくのは、オモシロインダヨ。
 デモ、ソノトシデ、ショベルカー、ツカレルデショウ! 当たり前だ! シカシ、お前のヘタナ演技を見ているよりは疲れないよ。自分の思うように地形は変わるんだから。ソウデスカ、そんなに稽古は疲れますか。この女優は自分のことを言われているのに、一般論にすり替える。稽古ではなく、オマエノ、ヘタナ演技と言ったの、オレハ。少しは良くなっていませんか、最近の私は。この女優は堂々とシブトイ。ナカナカ傷ツカナイ。ソコガ、この女優のトリエ。オレハ、地形を変えるから、オマエハ、ソノ太った体型を変えろ!
 この会話の後しばらくして、会計係のヨシエがやってくる。イマ、使っているのを新品で買うとチョット高いんですけど。少し小型ではダメですよね。ナンノコトダ? ショベルカーのことですけど。リサが80歳のチュウさんの誕生祝いに、ショベルカーを贈りたいと言うんですが。リサとそんな話をしました? トンデモナイ! リサにそんな金があるわけないだろう。
 エエ、ソコナンデス。私にはお金がないから、世界中の女優によびかけて集めたらと、リサが言うんです。コレマタ、堂々とズウズウシイ。ナンデ、女優なんだ。私もそう思ったからリサに聞いたんです。そうしたら、チュウさんの誕生日に、男がナニカ持っていったことはありません、男はケチですから。ソレニ、女優だけで贈った方がチュウさんも、ウキウキと華やいでショベルカーを使える。
 私の知らないところで、妙な会話が進行している。私の老後の道楽のために、世界中の女優に金を出せなどと言えるわけがない。自分で買うから、その話しはナシ、と私は言ったのだが、ヨシエもリサに輪をかけてシツコイ。ご随意ならどうでしょう、観劇料もそうしていますし。観劇料とショベルカーを一緒にするとは、私は呆れる。シアター・オリンピックスも迫っている。いくら私が好きでも、ショベルカーなどやっている暇があるわけがないのである。私は言った。
 もし贈ってくれるなら、葬式の時に香典の代わりに新車を買ったらどうだ。香典は<ご随意に>だからな。そして、生前の鈴木忠志がいちばん<愛したもの>とボディーに書いて、野外劇場の入り口の脇にでも置いといてくれ。 

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