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SUZUKI's Works ⁄ 鈴木忠志構成・演出作品

7月22日 花火芝居

  爆撃で火の海になった世界に、一人の男が孤独に佇むような光景は出せますかね? ソンナコトハ、カンタン、後ろに池がある。私はさらに聞く。うつつない男の寂しい妄想はどうですか? ソレハ、線香花火でなんとかなるでしょう。武藤輝彦さんは意欲満々、楽しそうに言う。すでに思いついたことがあるらしい。野外劇場での公演が終わり、酒宴の席での会話である。
 照明器具の製造で知られる丸茂電機の社長、丸茂尚治さんが利賀村の野外劇場に、武藤輝彦さんを伴って観劇に来たのは1990年の夏。丸茂さんは私の舞台照明に興味を持ったらしく、利賀の私の舞台を社員と共にたびたび観に来た。丸茂電機が開発した通称HMIと呼んでいる照明器具、私はこのHMIを大量に使用して、野外劇場の正面にある山を浮かび上がらせるのが常だったから、自社が開発した製品の性能を点検に来ていたのかもしれない。
 このHMI、稲妻の発生と同じような仕掛けで、青白い強烈な光を発する。劇団の照明係の器具の取り扱い方に問題があるのか、時として点灯しないこともあったりした。終演後に丸茂さんは、劇団の照明係とよく話し込んでいた。
 その丸茂さんが武藤さんを紹介した。江戸時代から続く花火師の家に育った私の友人。旧制の東京大学の美学科を卒業して、演劇にも大変な興味を持ってきた。スズキサンの舞台だったら、ナントカ、彼の夢が実現するかもしれないと思って。演劇と花火のメズラシイ出会いの舞台は考えられませんか。
 花火入りの舞台、これは日本の劇場では、ナカナカ、デキナイコト。池に取り囲まれた、利賀の野外劇場では成立するかもしれない。来年はSCOTが利賀へ活動拠点を移し、「利賀フェスティバル」を開催して10年目、ヒトツ、記念公演としてヤッテミルカ。私は決心した。それで私は武藤さんに、冒頭に記したような質問をしたのである。「世界の果てからこんにちは」の舞台ができあがる発端の会話であった。
 二人とも私の父親に近い年齢、この演劇への変わらぬ情熱には感心させられた。後年武藤さんは私に言った。グランド・キャニオンで花火を打ち上げ、それを上から眺める芝居はできませんか。私も好奇心は強いほうだが、ソコマデハ、である。
 私が演劇活動を持続し、演出の主題にしてきたことに、日本人と呼ばれる人間集団の特質は何か、を問題提起するということがある。こんなことに、シカルベキ答えがあるわけではないが、アクマデモ、観客と共に考える材料を舞台化してみるということである。
 当時の私は当然のように、ソレニハ、集団としてメッタニデキナイ経験、外国との負け戦をした日本人、その前後の精神状態を、レントゲンやCTスキャンで医者が身体内部を覗き、病状を観察・想像するように舞台を構成すればよいと思っていた。日本人の戦争にまつわる様々な言動を素材にして、その言動にいろいろな角度から光を当てれば、背後に隠されているバランスを失した日本人の心情が浮きだしてくる。それは「世界は病院である」とする私のテーゼにも、ピッタリと合致した舞台になると考えていたのである。むろんこの思いは、第二次世界大戦直後の混乱した日本社会の中を生きた、世代的人間の記憶の特殊性からくるものかもしれない。
 コラージュというフランス語がある。貼り付けるという意味だが、シュールレアリスム絵画の技法の呼称として一般化した。油絵やデッサンの上に多様な物体、印刷物や写真などの断片を貼り付けて画面を構成する。全く異質な物体が区切られた平面上に共存する。そして今まで見馴れていたものなのに、それが非日常的な新しい刺激物として感受され、改めて惰性的な日常への視点を活性化する。
 「世界の果てからこんにちは」は、このコラージュの手法に近い舞台として構成した。日常では決して同在することのない言動や視聴覚的な素材が、花火と共に論理的な整合性を持たないで間断なく舞台上に展開する。しかし、飛躍する場面の連続のように見えるが、すべては戦争を通して、日本と日本人という観念が、人間をどう動かしてきたか、いろいろな角度からあぶり出され、躍り出てくるような一貫した舞台になっていると思う。
 今夏の「SCOTサマー・シーズン」では、もっとも人気が高く、多くの観客が観る作品になったが、これも利賀村でしか接することのできない舞台だからであろう。
 今は亡き武藤さんと丸茂さんには、改めて感謝の気持ちを伝えたい。


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