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SUZUKI's Works ⁄ 鈴木忠志構成・演出作品

8月5日 夜の訪問者

 私の舞台は殆どが一時間強の上演時間のものだが、二つのタイプがある。原作のテクストのストーリーが残されているものと、まったくストーリー性のない独立した場面の連続で構成されたものとである。前者の代表的な作品には、「リア王」や「エレクトラ」や「ディオニュソス」があり、後者の代表例が「世界の果てからこんにちは」や「劇的なるものをめぐって」あるいは「からたち日記由来」である。
 この二つのタイプの作品群は、芸術的な側面から言えば、ストーリー性を備えているかどうかが主要な違いではない。舞台上で語られる言葉の在り方によって、その違いの特質があると言ったほうが適切であろう。
 つまり前者は、舞台上のすべての言葉が一人の作者の意識性によって生み出されているが、後者は全く違う複数の人間が書いたり語ったりした言葉、それによって独自に構成された場面が連続的に展開しているのである。
 さらにその違いを詳しく言えば、音楽の在り方が異なる。楽曲の演奏だけのものと歌われる曲の違いがある。歌われるということは、その曲の歌詞=言葉が、舞台を構成する重要な要素として存在するということでもある。そして、歌われる曲は殆どが流行歌である。
 小川順子という歌手がいた。今やこの歌手を覚えている人は稀だと思う。三年ぐらい活躍しただけで、その後はウントモ、スントモ話題にならないで消えてしまった。この歌手が一曲だけ私に、素晴らしい歌謡曲を残してくれている。
 1975年、劇団の本拠地を利賀村に移す前年、題名は「夜の訪問者」。一人で夜を過ごしている少女の生態が、可愛い声で楽しく歌われている。この歌謡曲は現在でも、ワラエテ、タノシイ。一番の歌詞は次のようである。
 雨の匂いが、十九のこの胸濡らす、白い扉に、あなたを想うの、夜の鏡に、愛を問いかけ、一人涙を、みつめて泣いた、きっと、きっと、又来てね、素敵な私の、夜の訪問者。
 私は初めてこの歌を、東京は高田馬場の駅前のパチンコ屋できいて、ビックリ。すぐ有線放送の会社に問い合わせ、題名と歌手の名前を知ったのだった。ナゼ、オドロイタノカ。コノ歌詞が想像させる少女の状況が、私が舞台を発想するときの絵柄と類似していると思ったからである。
 孤独な少女と孤独な老人の違いはある。しかし、夜な夜な素敵な訪問者が来ることを待っている。これは、私が舞台を創り始めるときの発想にピッタリ。むろん私の舞台に登場する夜の訪問者は素敵な恋人ではない。少女は夜の鏡に向かい男を想う。そして問いかける。カガミヨ、カガミヨ、世界デ、イチバン不幸ナノハ、ダーレ? ソシテ、自分ノ不器量ニ、オモワズ涙スル。
 私の舞台の登場人物も、独り孤独に椅子に座り、過去という<鏡>を覗きこみ問いかける。世界デ、イチバン、不幸ナノハ、ダーレ。そうすると、自分の生きたメチャクチャな人生の記憶が、妄想になって襲いかかってくるのである。その妄想の中をノタウチ回り、「リア王」の老人は死ぬ。
 「世界の果てからこんにちは」でも、過去の鏡から日本という妄想が襲いかかる。孤独な男が過去の鏡に問いかけたからである。セカイデ、イチバン美シイ国ハ、ドーコ? すると応えが返ってくる。オマエハ、スデニ、花ノ咲カナイ、枯レススキ、であると。男は襲いかかる世界の軍勢の妄想と戦い、敗れて述懐する。人生は歩きまわる影法師、哀れな役者だ、舞台の上で大袈裟にみえをきっても、出場が終われば消えてしまう。
 私は「世界の果てからこんにちは」の舞台の冒頭と最後のカーテンコールに、大音量で「夜の訪問者」が流れる度に、パチンコ屋でのこの歌との奇跡の出会いを、懐かしく思い出す。それどころか、客席で稽古をしながら、時として鼻歌交じりに、この歌に思わず唱和している自分に気づく。歌詞は少々、自分に引き寄せて変わっている。きっと、きっと、又来てね、素敵な私の、利賀の訪問者、と。 


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