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SUZUKI's Works ⁄ 鈴木忠志構成・演出作品

4月11日 無念

 ドイツ人俳優、ゲッツ・アルグスが死んだ。突然の訃報である。利賀村での第9回シアター・オリンピックスの開幕公演として、彼主演の「リア王」を予定していたが、ついにあの素晴らしい演技に触れることができなくなった。
 彼は私の仕事だけではなく、私が知り合った世界のどの演劇人よりも利賀村を愛してくれた。自分の出演する舞台がなくても毎年、SCOTサマー・シーズンには来てくれていた。自分で勝手に日本語の名刺を作り、名前の上の肩書きにはSCOTの劇団員と書き込むような茶目っ気のある俳優だった。
 彼と初めて出会ったのは、2002年デュッセルドルフである。デュッセルドルフ市の公立劇場シャウシュピールハウスの制作で、4人の演出家が異なったギリシャ悲劇をそれぞれに演出することになった。3人はドイツ人以外の演出家が選ばれた。その一人が私で、「オイディプス王」を演出した。その時に主役のオイディプスを演じてもらったのが、最初の出会いである。この舞台はドイツでの公演の後、ギリシャのエピダウロス古代劇場や日本の新国立劇場、もちろん利賀村の野外劇場でも上演している。
 彼は東ドイツの出身、東西ドイツ統一の後に、西ドイツのデュッセルドルフやミュンヘンで活躍していた。大きな身体と強く迫力のある音声の持ち主で、舞台の上での存在感はギリシャ悲劇やシェイクスピアなどの古典戯曲の主役にピッタリ、舞台に登場するやいなやすぐに、観客を旧い時代の雰囲気に誘う見事な力量があった。そういう点では、世界広しと言えども、なかなか得がたい存在だったと思う。
 毎度のことだが、一緒に仕事をした外国の演劇人の突然の死に触れると、形容のしがたい寂しさを感じる。死の有り様も葬儀の様子も詳しく知ることができない。ただ、もう二度と会えないという事実だけが、突然に目の前に現れる。いよいよ会えなくなるかもしれないという、心の準備がなされないからであろうか。
 <仏語>に正念とか無念という言葉がある。両方とも執着や雑念を振り払った心の状態を表す言葉だが、正念と違って無念には、正念を失った口惜しい心、不本意で残念がる心の動きを表す一面もある。
 ゲッツ・アルグスの死を、突然に聞かされた今の気持ちを言い表すとしたら、無念! という一語に尽きる。そして遠くから、ただただ冥福を祈るのみである。 


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