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SUZUKI's Works ⁄ 鈴木忠志構成・演出作品

7月15日 時代錯誤

 役者の発声訓練をナメテいたから、人生のもっとも肝心な場面で、トチッテしまった。彼は自分の大事な信念をイザという時に、チャント伝えられなかった。戯曲を書いたり役者のマネごともしたが、所詮は理屈の立つ文士、我々も気をつけなければいかん、スズキ! 寺山修司の言である。
 1970年11月25日、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊駐屯地に、軍服姿で乱入し、二階のバルコニーから自衛隊員に、檄とも言える演説をした。檄とは、相手の悪い点をあばき、自分の信義を述べて、他の人々に自分の主張や考えに則って行動するように促す言説である。
 この檄の内容が、テレビで放映された限りでは、自衛隊員の野次にかき消され、殆ど聞き取る事が出来なかった。三島は静かに聞けと何度か言ったようだが、自衛隊員の野次は高まるばかり。それを押さえ込む音声の強さ、身振りの説得力、それは三島にはみられなかった。知的文化界のスターも、見方をかえれば、確かに下手な役者だった。
 後になって明らかになった三島の檄の内容は、簡単に要約すれば次のようである。現在の憲法の下では自衛隊は「日本の歴史、文化、伝統を守る」国軍にはなれない。あと30分待つ、共に起って義のために死のう、自由や民主主義を守るためではなく「愛する歴史と伝統の国、日本」のために、これを骨抜きにしてしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。
 寺山の言う通りで、三島の演説の声は自衛隊員の耳にはとどかず、野次に押し返され、彼の信念の言葉は誰の耳にも正確には入らなかったようである。三島は失望したように演説会場を退出、その後総監室で彼が組織した「楯の会」の会員に首を刎ねてもらい自決する。その尋常ではない死の映像は、一般にも流された。寺山的に言えば、三島は人生最後の大場面で、言葉による見事な見栄を切ることに失敗し、知的名優としての演技を披露できずに、その生を終えたとも言える。その一因を、発声訓練の不足とすることに、演劇人としての私も同意しない訳ではないが、しかし一民間人が生身のエネルギーに生死を賭け檄を飛ばした光景としては、我々の目に触れる最後の貴重な映像だったのではあるまいか。下手な役者が死に物狂いになった時にしか生まれ出ない、異様な迫力の身体も、そこに在ったことは在ったのである。
 東日本大震災の時に、多くの人たちの人生の最後を決したのは、ツイッターとかメールだと言われる。生身の大音声などたいした役には立たなかった。最近では政治家すら脱身体、朗々として自己の信念を肉声で開陳して、私たちをその気にさせてくれる人など殆どいないのである。何やら何処かで、非動物性エネルギーを使って密談を交わし、いつの間にか物事を決めているといった感じではないか。時代は変わった。
 元首相小泉純一郎ぐらいまでは、オオー、ヤクシャダノー、嘘だか本当だか分からないが、身体を使ったその気合で国民に語りかけてくれ、というところはあった。その気にさせてくれるなら、嘘か本当かは今は問わない、時間が経てば騙されたかどうかぐらいは、テメエタチで判断する、嘘だと分かったら我々も手のひらを返すぜ、そんなところがあった。要するに、語る方も聞く方もいくらかイキガッテ、朗らかなところがあったのである。今はどうだろう。政界は言うに及ばず、何処の世界も、この朗らかさをまったく失ってしまって、何をするにも、何を言うにも、イジイジ、グジャグジャ、している感がある。
 野外劇場で稽古をしていたら、突然に三島由紀夫の最後の場面と寺山修司の言葉を思い出した。そして私はあいも変わらず、なんと時代錯誤な事をしているのだろうという感慨に襲われ、元気になった。俳優たちに毎日、風が吹こうが雨が降ろうが、芝居は中断しないのだから、千人近い観客に絶叫してででも言葉をとどかせろと怒鳴り続けている。今度の舞台の主役の語る台詞も時代錯誤そのもの、ヒソヒソと話されたらシラケルだけである。そうしたら舞台はダイナシ、何でもないものになってしまう。三島由紀夫ではダメなのである。すべてが終わった後で、文章を配って、なにを言ったか理解してもらっても意味がない。そこが文学者と演劇人の違い。イキガッテやろうぜと、私は自衛隊員にではなく、俳優に檄を飛ばしている。俳優が語る言葉の一つには、数学者岡潔が伊勢神宮について書いた文章の次のような一節もある。 
 終戦後、天照大御神は再び天の岩戸にお隠れになった。だから日本の天地には愴然として真の喜びがない。私達は大御神に再び岩戸から出て頂く為、身命を抛って働かなければならない。
 檄もここまでいくと檄ではない。他人など居ようが居まいが関係のない呪文としか言いようがない。若い劇団員がつぶやく。トンデモナイコトを言っているけど、気持ちはなんとなく分かるなあ、だそうである。


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