SELECTED ESSAYS

過去の発言より

第5回シアター・オリンピックス開催にあたって

 私たちは高度な電子情報化社会の中を生きています。そこでは、世界は空間的にも時間的にも圧縮され、様々な地域で生活する人間たちの情報を素早く共有することができ、いま地球上ではどのようなことが起きているのか、それに対してどのような反応があるのかを、同時進行的に知ることができるようになりました。しかしその反面、かつて富の配分をめぐって、はなはだしい不平等が起こったように、情報の不平等化が起こってきているのも事実です。また電子情報化によってもたらされた急速な生活スタイルの変化のために、世代間の断絶や家族の崩壊という現象も起きています。
 こういう時代に必要なことは、それぞれの民族や国家が大切にしてきた文化的な遺産の中から、何がこれからの人類の共有財産になるのかを、もう一度検討することではないでしょうか。そのためには一部の豊かな先進国だけが文化的な富を享受したり、その情報を私有化したりすることのないように、この地球上には多様な文化が存在していることを知り、学ぶ機会をいろいろな場所に設けなければなりません。それはそれぞれの民族や国家が、かけがえのないものとして長い時間をかけて歴史的に育んできた異文化との出会いに敬意を払う努力の積み重ねをも意味します。芸術家はそのために宣教師のように存在しているのだと思います。むろん、自分の教義を相手に押しつけるのではなく、それぞれの地域にはそれぞれのかけがえのない財産や価値があるということ自体を、広い視野と見聞の下で布教していくということです。
 シアター・オリンピックスは、こうした意味での芸術家が中心となって開催する世界の舞台芸術の祭典です。民族や国家の優劣をあらそうのではなく、また経済的な利潤を追求するのでもなく、芸術作品を軸にした精神・文化活動がそれぞれの独自性を競い合いながら共存する姿を示そうという理想をもって出発しました。
 幸いなことに、この祭典も韓国で第5回目を迎えることができました。
 韓国での第5回シアター・オリンピックスの開催にあたって、多大なご支援をいただいた皆様に感謝するとともに、あわせてこの催しが大成功の裡に終わることを祈願し、あいさつとさせていただきます。
 
2009年10月19日、第5回シアター・オリンピックス・ソウル大会開催宣言集会における
国際委員を代表してのあいさつ(アルコ劇場)