SCOT SUZUKI's Works / 鈴木忠志の作品

トロイアの女 / The Trojan Women

原作 エウリピデス Euripides 潤色 大岡信
初演 1974年 岩波ホール

演出ノート
『トロイアの女』で試みたこと
 岩波ホールが演劇制作をすることになり、私は今、そのホールの演劇公演の企画立案と実際の舞台作りをする芸術監督の立場にある。支配人の高野悦子さんがヨーロッパでの私の評判を聞き白羽の矢を立ててくれた。たいへん光栄である。何をしたらよいのかずいぶんと迷ったが、結局、第一回はエウリピデスの『トロイアの女』を上演することにした。岩波書店は私にとっては、日本の西洋文化への窓口、というより文化面で日本の近代化の実質を背負った出版社である。ここは一つ、西洋文化の発祥の地といわれる、ギリシャが生んだ文化遺産のギリシャ悲劇に挑戦するのが良いと思ったのである。
 この戯曲をとりあげて試みたいことが二つほどあった。一つは西洋の戯曲を日本人が演じ、西洋人の演劇の物まねではないものを創る場合に、どんな問題が発生するか見極め、それを解決したいということであった。
 ギリシャ悲劇は私がもっともよく接した「新劇」という演劇がとりあげる日常生活的な会話の言葉で書かれていない。登場人物はそれぞれに長い心情の告白や、相手への非難をする。とてつもなく長い自己主張の連続だといってもいいぐらいである。そのうえに合唱隊という集団がいて、同じ言葉を同時に語る。「新劇」の舞台では見かけたことがないし、私も今までそんな演出はしたことがないから、まさしく挑戦であった。しかし、こんな難題はすぐに解決の糸口は見つからないだろうことは分かっていた。だから、世界の演劇人にもその多様性において注目を集めている、日本のさまざまな演劇の代表的な人たちと共同作業をして、その課題を見極めてみたいと思ったのである。それが私の演劇観を身につけた早稲田小劇場の俳優、白石加代子、蔦森皓祐などに能の観世寿夫さん、新劇の市原悦子さんに加わっていただいた理由である。そこから西洋の戯曲を演じるときの新しい演技のスタイルを、生み出すことができたらと思ったのである。
 『トロイアの女』をとりあげたもう一つの理由は単純である。この戯曲がギリシャ悲劇には珍しく、劇的なストーリーが希薄であるからだ。一番の劇的な事件はトロイア落城としてすでに終わっている。落城した城の前で、生き残った女たちだけがギリシャへ奴隷として連れて行かれるのを待っている情景が描かれている。これから来たるべき苦難の人生を想いながら、自分の境遇を嘆いているだけである。だからこの戯曲には劇が描かれていないという人たちもいるという。
 私は、確実に訪れるだろうけれども、まったく未知で予測のつかない人生を待ち、想像する人間のいる状況ほど、劇的なものはないと思っている演劇人である。われわれ一般の日本人の多くも、第二次大戦の敗戦の直後は同じような心情的境遇を生きていたのではないか。そんな思いもあったのでこの戯曲を選んだ。そして、登場人物たちを日本の敗戦後の廃墟を生きる人たちにし、その姿のうちに『トロイアの女』の登場人物たちの心情が蘇生してくる舞台にしてみた。西洋と日本の、空間と時間を越えても存在する人間の不変性を、二重写しにしてみたかったのである。観客の皆様方の忌憚のないご意見を期待している。

作品一覧へ

ページトップへ