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鈴木忠志見たり・聴いたり

3月5日 放射能人間

 海外旅行をする度に、出入国の煩わしさに気を重くさせられる。持ち物の大きさや内容の制限、身体検査の仕方が厳しさの方にどんどん変わっていく。9.11以後の世界なのだからと、自分に言い聞かせはするものの、靴や衣服まで脱がせられると正直ウンザリする。だんだん人間も動物扱いされるようになってきたと感じる。そのうちに何を考えているかまで検査されるのではないか。『ブレードランナー』という映画に、人間か人造人間かを見分けるために捜査官が特殊な質問をして、人造人間だと分かると、その場で射殺する場面があったと記憶するが、人間を区別する監視体制はどの方角からやってくるのか、そら恐ろしい感じもする。
 先月の末、リトアニアの首都ビリニュスに公演に出かけた。劇団の公演の時は、特殊な道具を持って行くことから、その説明にてこずってなかなか入国できないことがある。今回は日本大使館の尽力もあって、装置や小道具については格別のことはなく、それらの荷物と共に劇団員と最後の出口に差しかかったとき、今までに聴いたことのない大きな警報音がした。出口を監視する係官が私に、後ろに下がってもう一度歩けと言う。同じ音がする。劇団員は外に出てしまって私一人が残された。そのうち別のリトアニアの空港職員が小さな機械を持ってきて私の方にそれを向け、しばし画面をのぞき込み言ったのである。あなたの体からは基準を超える放射能が出ている、入国させられないと。
 私はもちろん、こんなことは初めての経験である。ともかく私は私の体からなぜ放射能が出るのかを説明しなければならない。しばらく考えさせてもらううちに、ハタと思い当たることがあった。
 私は日本を発つ二日前に心臓核医学検査、静脈に放射性同位元素を注入し、放出される放射能を撮影し、血液の流れを映し出す検査をした。だから、いまだ体の中に放射能が残存しているのではないかと説明してみたのである。すると空港職員は、その証明書はあるのか、いずれにせよ私だけの判断では入国させられない、上司の事務所へ行くと言う。こうなると体の内部のことだから、私としてはお手上げである。何をされても仕方がないかなあ、ひょっとすると帰国かな、などと思って事務所へついて行った。ところが、この検査を受けるときに、病院と交わした検査内容の書かれている同意書を、偶然にも持っていたのである。それを提出するとコピーをして入国を許可してくれた。
 放射能を検出する機械がアメリカから寄付され、空港に設置されたのはこの二日前だそうである。だから、私のケースは空港にとっても初めてのことだったらしい。なぜこんな機械がアメリカから寄付され設置されたのか。これらの機械はロシアと国境を接するEU加盟国とベラルーシにも設置され、ロシアからの放射性物質の流入を監視しているのだというのである。プーチン政権を批判し、ロンドンで殺されたロシアの防諜員リトビネンコを思い出させられる話である。彼は放射性物質を飲まされて毒殺されたと言われている。
 アメリカの監視への欲望とそのシステムは、全身の透視撮影とか際限なく過激になっていくような感じもするが、心まで透視できると称する機械の発明や、その設置だけは御免蒙りたいなと思わせられる時代になりつつある。