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鈴木忠志見たり・聴いたり

3月16日 優雅

 リトアニアから還ってみると、60センチもある大きなニジマスが死んでいた。寿命かなと思ったのだが、池から取り出し雪の上に寝かせてみると、冬にしては腹部が大きいので、産卵できずに卵を抱えたまま死んだことが分かる。夕暮れ時なので翌朝、家の前の川にでも流そうかと行ってみると、ニジマスの姿は見えず、雪の上に濃黄色の卵、いわゆるイクラが長く点々と散乱している。動物がニジマスを引きずって行くときに、腹部に圧力が加わり産卵したのである。
 人工的に産卵させるときには、手で下腹部を尾鰭の方にさするようにするのだが、ちょっと触れただけでも流れ出すように出てくるときと、かなりの力を要する時がある。採卵時期の見分け方によって違ってくる。もちろん卵の状態も違う。採卵時期を過ぎて搾った卵は熟し過ぎていて固く、しばしば卵の真ん中に「星目」、英語で言うところの<moon eye>が見られる。雪の上の卵は過熟卵ではあったが、純白と散りばめられたような濃黄色の点のコントラストが、何とも言えず優雅で驚かされた。
 池の中には突然変異でできたとされるニジマス、全身が濃黄色のアルビーノがいる。池の周辺が雪で白く覆われた時には、静かに泳ぎ回るアルビーノの姿は、色鯉とちがってスラッとしていて文字通りの優雅さだが、雪の上の卵にはドキリとさせられるシュールな、死と命を一瞬にして想わせる不思議さがあった。
 加藤泰監督の映画「緋牡丹博徒」シリーズの第6弾でも、やはり白と黄色のコントラストを売り物にしていた。藤純子が演ずる渡世人緋牡丹のお竜と、同じく一匹狼の渡世人、菅原文太の青山との別れの場面である。雪の降る中を故郷に帰る青山を、お竜が和傘をさして追いかけ、汽車の中で食べろと風呂敷包みを渡す、そしてさらに、懐から取り出した黄色いミカンを渡そうとする、ミカンの一つがコロコロと雪の上に転がるのである。お竜が拾ったミカンを間にして、二人は黙って見つめ合う。白と黄色、死ぬ覚悟をしている男女、伝統日本の恋心の優雅さ、これは笑えた。