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鈴木忠志見たり・聴いたり

7月30日 思い出の映像

 舞台作品の出来具合はその日その日で違う。こんな当たり前のことにハラハラしながら、自分の昔の舞台を注視することになるとは思わなかった。それも一作品ならまだしも、四作品だったから疲れた。
 かつてNHKが収録し放映した私の作品のうち、四つの舞台がDVD化され市販されることになった。いまさら不満を言っても仕方がないが、人間の欲深さか、心残りの多いことばかり。劇場現場での一回性の収録という制約のある中で、NHKのディレクターのカット割りの巧みさ、映像の美しさにはお礼を言いたい部分も多く、映像全体としては満足するのだが、疲れさせられたのは役者の演技である。私は自分の舞台を、どんな時でもどんな場所でも、見なかったことがない。だから、この映像に収録された時の役者の演技より、良かった時のあるのを思いだしたりして、心が穏やかでいられなくなったりしたのである。役者の演技ばかりではない、演出の拙さも目の当たりにさせられ、悔しい思いもさせられた。いまさら撮り直しなどということも出来ず、改めて映像として残されることの恐ろしさを確認させられた。
 この四作品とは、「世界の果てからこんにちは」「ディオニュソス」「シラノ・ド・ベルジュラック」「イワーノフ」である。私の初期の代表作であり、現在でも世界各国の俳優で上演されることの多い「リア王」も、モスクワ芸術座の俳優たちを演出した時の上演版で収めたかったのだが、舞台上で使用している音楽の著作権料があまりにも高額なので、断念せざるをえなかった。
 今まで観客の方たちから、映像化された私の舞台も見たいという要望が多くあったが、劇場という場の雰囲気に溶け込み、人間の生理の一回性に基礎を置くナマモノとしての舞台と、額縁にしっかりと固定され、永久に可変性を拒否して存在してしまう映像とは違うものだからと、私の舞台を一般の人たちに、映像として提供することを長らく拒んできたのだが、今回は観客や関係者の方々の熱意に応えたいと思った。
 おそらく両方をご覧になる方は、舞台とは違ういろいろな感想を持つことも多いだろうと思う。それはそれで、ぜひ伺ってみたいという心境にはなっている。それらの意見・感想の中には、これからの私の活動の刺激や参考になるものも多くあるかもしれない。それだけではなく、今後の私の舞台のためや、あらたな映像化への積極的な指針になるようなものもあるかもしれないので、遠慮なくご意見を寄せていただければ有り難いと感じる。
 また、これらの舞台映像と一緒に、これまでの私の活動の節目にあたるような時期のインタビューも収録してある。私がただ演出家として、舞台作品だけを作っているのではなく、演劇という文化活動を通した独自な社会活動をしているのだということを理解していただくためである。長時間にわたって私の考えを聞いていただいたインタビュアーの方たちには感謝だが、特に<訪問インタビュー>の斎藤季夫さんには、豪雪の中を利賀村まで訪ねて来ていただき感激であった。30年近くも前のことである。暖房のない隙間風の吹き込む合掌造りの舞台上の寒さは、今でも昨日のように忘れない。あんなことが実現できたのも、斎藤アナウンサーをはじめとしたNHKのスタッフの方たちの情熱のお蔭である。最近では利賀山房も冷暖房完備のしっかりした劇場になってしまったから、あの経験はもう望んでも二度とはできない。拙い言葉でしか語れなかったが、私の初期の志を上手に引き出していただいた、貴重な映像である。