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鈴木忠志見たり・聴いたり

9月27日 背表紙の演説

 女心も金で買える、これはかの有名なホリエモンの言ったことだが、一時期この言葉をもて囃す人たちがいた。精神主義を打破して痛快だと。バカバカシイ。私はホリエモンは嫌いではなかった。マスコミに登場した最初の頃、その時代認識と人生の割り切り方には肯ずけるところがあったからである。それで生きれりゃ、イイヨナといった感じ。しかし、この言葉を聞いた時には、何でこんな当たり前のことを得意げに言うのか、ガッカリシタ。
 女心を金以外でも買って見せると、アレヤコレヤと作戦を練るのがベンチャーだろう。ホリエモンは、こんなにお金は儲けましたが、決して女心だけはお金で買いません、と言うのかと思いきや、伝統日本のモテナイ男がごく当たり前にやってきた事を、ナンデ、イマサラ、オマエガ! だった。これでは、自分が否定している古い日本の、成金そのままの根性ではないか。ただ、貧乏人を嫌がらせているだけのことではないか。
 当時、このホリエモンの兄貴分のような男で、もっと口の達者な経済学者がいた。竹中平蔵。日本の将来を憂えているのだが、いつも話すことは金儲けのことばかり。こうすれば金を儲けられるから改革、そうすれば人間はもっと働くから改革、そんなに人間を、ナメテハイケナイヨと思うぐらいに改革万能、したり顔に喋る。まず、自分を改革したら、と言いたくなるほどのものだった。衆議員選挙の折、この二人が一緒に選挙カーの上に並んで演説をしたことがある。ナンデ、コンナコトニナルンダ。ナンデナンデスカ、カミサマ!であった。もちろん、ホリエモンは落選。だからしばらく、経済人や経済関係の学者や評論家、ことに金融方面の人たちにはアレルギーを起こしていた。ところがある日、品川駅前の書店で、偶然に一冊の本に出会ったのである。
 その本は実に長ったらしい題名で、近頃には珍しく背表紙で演説をしている。「人々はなぜ、グローバル経済の本質を、見誤るのか」 
 ヘンナ人の真面目な演説を読んでみたいと思っていた時期である。書架から取り出して手に取り、水野和夫という初めて見る著者の肩書きを見てガックリ。また金融関係者、金をいかに儲けるのかの話か。肩書もやたらに長い。三菱UFJ証券参与・チーフエコノミスト。これはもう敬礼して帰ろう、と思いながらパラパラと少し頁をめくってオヤ! 金はもう儲からない、経済成長神話よサヨウナラが論旨である。しかもそれが長い歴史的なパースペクティブをもって考察されているらしい。おまけに、参考文献には私の知人友人の著作名がならんでいる。ナンダコノヒトハ、ひとつ読んで見るかとその本を買ったのである。
 そして初めて、経済から世界の現実を分析観察することが、私にとっても無縁ではないことに気づかせられる。グローバリゼーションや格差社会、あるいは金融経済という言葉などから与えられる実体が、想像しうる範囲にも近づいた。長いこと感じていたことを、明瞭にしてくれたのである。
 最近、水野さんから新しい著作を贈られた。三菱UFJ証券を退職してからの大作である。この本もやはり背表紙で演説している。「終わりなき危機、君は、グローバリゼーションの、真実を見たか」
 水野さんの演説は政治家や評論家のそれとは違って、その人柄と同じように、堅実かつ謙虚な口調でなされている。近頃は政府関係の仕事もしているようだが、いつこんなに資料にあたったり、本を読めるのだろう。執拗な実証と多視点からの歴史的事実の解明、その上での現状診断、希望を持てる人生への水野さんの願いが込められている。