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鈴木忠志見たり・聴いたり

1月30日 液状化身体

 液状化という言葉をよく聞く。新鮮な言葉だったが、聞き初めは少し違和感があった。地面が液状になるなどとは大袈裟だと思えたからである。しかし、地面から水が噴き出したり陥没したりしているテレビ映像や写真を見せられているうちに、いつの間にか自分も使うようになっていた。それも地震に関係して使ったわけではない。演劇の稽古をしていて使うようになったのだから、言葉の力は恐ろしいと言うべきか、偉大と言うべきか。若い俳優の一人に、お前の下半身は液状化している、と咄嗟に言ったのである。我ながら驚いた。
 液状化とは地震の際に、砂の地盤が液状になる現象らしい。地面がグニャグニャ、ドロドロ、サラサラと柔らかになること、地面が固体から液体状の性質を示すように変化するらしい。これでは家屋が倒壊したり、沈み込んだりするのは当たり前である。そういえば新潟地震の折だったか、全体の形はそのままに、傾いたり横倒しになった建物の映像を見た記憶がある。建物の構造は堅固、重量計算もしっかりとなされていたようだが、その建物の基盤が安定した堅固さを備えていなかった。
 こういうことがあるとしたら、自分の家を建てるのにもまず、どんな地面かの検査から始めなければならないことになる。どうやって検査し、その検査の費用はどれぐらいになるのか、貧乏根性というか不安神経症というか、素人の哀しさ、皆目手掛かりもつかめずに茫然とする。現在住んでいる家は、建てる時にそんな検査はしていない。東京の高層ビルはそういう検査をしっかりとやってあるのか、東京は4年以内に直下型の地震が起こる可能性が高いというが大丈夫か、想像が昂進するばかり。そして結論は残念ながら、こうなったらまあ、地震が起こってみる以外には分からない。情けない感じもあるが、地面に液状化現象があるなどということが身近になったのはつい先頃、突然だから仕方があるまい、と我が身に言い聞かせている。
 最近の日本の若い俳優の演技を見るとよく、足と脚がしっかりと地に着いていないと感じる。身体に落ち着きがなく安定感が足りない。顔の表情と身振り手振りの演技が過剰、俳優の身体全体の存在感、人間性の魅力が演技として現前してこない。感情的表情が演技だとばかりに、無闇と顔を大写しにするテレビや映画の影響も大きい。日本では映像のための演技と舞台演技の違いが曖昧にされてきた。そこで、俳優たちに観劇後の感想を求められると、私は上半身が不安定、身体の存在感が足りないと指摘することが多い。するとこんな問答になることもある。
 それは感じました。なぜだか分かっているのかい。よく分からない。腰から下の下半身が絶えず動いている、身体が安定していない。だから芯が無いように見える。芯て何ですか。芯とは物や肉体の心、重心のこと。重心て何ですか、重い心と書くけど。そんなもの演技で感じたことはありません、重い心なんて。ソレハチガウ、重心の心は芯と同じでね、身体の部分部分の動きを安定的に全体に組み込む中心。片足で立つだろう、そうすると揺れる、揺れないようにするには、身体の部分部分の重さのバランスを取り均衡を計るだろう、その中心になるところが重心だよ、それは腰の辺りにある。分かったような分からないような顔をしている。ナンダカ、タヨリナイ。今や文化芸術系はダメカ、という気にさせられる。
 腰はそんなに動いていなかったと思うなあー。イヤ、足と脚が地面にしっかりと密着していなかったから、重心も揺れて静止しなかったはずだよ、だから上半身がグラグラ、台詞もグニャグニャして明晰に聞こえない。何事も腰から下の半身が大切、上半身が安定するにも、大きな声を出すにも。そんなに足と脚が不安定でしたか。不安定と言うより、意識化されていないということかな。どうしたらいいですか。身体の中を見るんだよ。どうして重心が不安定になるのか。どうしたら重心が安定するのか。え! 重心て見えるのですか。見えるように感じるということだよ。そこまでの修行をするんだよ、一流の舞台芸術家やスポーツ選手は。スポーツと一緒にされたことが、やや不満らしい。実に面倒臭い。
 コンピューター時代の若者は、何でも視覚的に了解しないと納まらない傾向がある。身体の中も映像や数値で分かろうとする。人間の身体への直感力や想像力を養う気はあまりない。そこで私は言う。親や恋人に言われたことはないのかい。自分の心をよく見たら、と。自分の心を感じたら、なんて言わないだろう?
 体験を共有していないと、こういう調子で延々と言葉だけの話が続くことになる。特に身体の体験を共有する言葉は難しい。下手な鉄砲も数を撃てば当たる式にならざるをえない。しかし地震のお蔭で私は一言で、自分が感じていることを相手に納得させる術を手にしたと思ったのだが。お前の下半身は液状化現象を起こしている、ナントカシロ!
 これでも真意が通じないとしたら、今のところ諦める以外にはないかもしれない。その時は若い俳優たちに言った方が良いかも。俳優は辞めて被災地で働いてみたら。