BLOG

鈴木忠志見たり・聴いたり

1月26日 外人部隊

 雪が風に舞いながら猛烈に吹きまくる。しばらく小康状態が続いたのに、昨夜の天気予報では北陸地方は今日一日で70センチの積雪になるとか。屋根から滑り落ちて積み重なる雪を計算に入れれば、家の周囲は2メートル以上を越える積雪になるはず。この天候は5日ぐらいは続くらしい。毎日の雪との格闘の準備、朝起きた劇団員が、どこの施設の除雪にすぐ赴くかの作戦を立てる。油圧式ショベルカー、手動式除雪車、スノッパー、等の配置も決める。 
 インターナショナルSCOT=国際外人部隊は雪に慣れていない人たちが多い。デンマーク、リトアニア、ソウルは、寒さにおいては利賀に勝るが、こういう激しい雪の経験は無いらしい。上海から参加している俳優は、雪など見たことがないと興奮している。アメリカからの参加俳優は、直前までアルゼンチンで仕事をしていた。アルゼンチンの現在の季節は夏、急激な環境の変化にいささか戸惑っている。
 外人部隊はレストラン・ボルカノで昼食をした後、裏山の裾野に聳える合掌造りの劇場=旧山房での稽古をすることになっている。レストランからは曲がりくねった坂道を300メートル、雪に足を取られながら歩かなければならない。というより雪に嵌まった足を絶えず引き抜きながらの行進。視界は殆どきかない。到着までにはいつもと違って、結構な時間がかかる。劇場への出立前、皆を集めて励ます。今日もなぜ稽古をするのか、そこに劇場があるからだ。フロンティア・スピリット、国際演劇戦士として頑張れ。天は君たちの精神力を試している。
 実はこれ、エベレストの登頂に挑戦した人が、質問に答えた時の言葉にアヤカッタもの。なぜあなたはエベレストに挑戦するのか、そこに山があるからだ。我が外人部隊も日本人劇団員の先導で盛り上がって出発して行った。稽古が終わって夜になれば、道の境界は分からなくなっているはず。遭難とまではいかないだろうが、崖にでも落ちて怪我をしたらと心配、地形についての記憶力があり、雪に経験豊かな劇団員を随行させた。
 この外人部隊が雪の中を遠ざかって行くのを見ながら、1930年にハリウッドで製作された「モロッコ」という映画を思い出した。私が生まれる前の作品である。外人部隊に所属する兵隊ゲイリー・クーパーと、旅芸人のマレーネ・ディートリッヒ、一時期の映画ファンを沸かせた美男美女が主演の映画。愛しあいながらもゲイリー・クーパーはその恋心を振りきり、新しい戦場へ赴くために砂漠を行進して行く。一度はこの恋を諦めかけたマレーネ・ディートリッヒは、突然その後を追いかけ始める、しかも途中でハイヒールを脱ぎ捨て、あの100万ドルの値打ちがあると言われた美しい脚を見せながら、裸足でジプシーの仲間と共にたくましく歩き、砂丘の陰にその姿を没し去る。風吹く砂漠の砂が画面一杯に残って幕。我が利賀村の外人部隊が雪の中を遠ざかり、徐々にその姿が降りしきる雪の中に消えていくのを見たら、この光景もフィクションかと、一瞬の錯覚に襲われたほどだった。
 それはさておき、映画「モロッコ」には気の利いたシャレタ会話の場面がある。ゲイリー・クーパー扮する外人部隊の兵隊が、フランスから流れてきた旅芸人、マレーネ・ディートリッヒの部屋を訪れる場面である。
 男は女に聞く。なぜモロッコに来たのか。女は男に言う。外人部隊に入った理由は聞かれた? 男は、聞かれても答えない、入隊した時に過去は捨てた、と答える。女はすかさず、女の外人部隊もある、軍服も旗も勲章もない、でも勇敢よ。おおよそ、こんな会話をする。
 そして二人は愛し始める。この時の二人の演技が、なかなかイキ、日本の俳優ではこの大人のシャレタ雰囲気は出せないと思わせられるもの。自由に生きる人間の強さのようなものを、自信ありげに感じさせてくれる。それに昔の俳優は、些細な仕草で魅力を振り撒くのが上手い。
 我が利賀村に集まった外人部隊はどうだろう。恐らく国籍も年齢も過去もバラバラだが、ソンナコトが集団の結束の障害になる人たちではない。それになによりも大事なこと、勇気は充分に兼ね備えているように見える。利賀の外人部隊が素晴らしい戦闘を展開して、成果をあげてくれることを期待している。