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鈴木忠志見たり・聴いたり

10月3日 別天地

 BeSeTo演劇祭20周年記念の日韓2カ国語による「リア王」の公演が終った。今年のSCOTの利賀村での公演活動はこれまでである。これからの予定は、ソウル国際舞台芸術祭、静岡県舞台芸術センター、吉祥寺シアターと続く。劇団員は後片付けと、5日に出発する韓国公演の準備に忙しい。
 今年の利賀村は中国と韓国からの訪問者が多かった。演劇人だけではなく、大学の経営者や学者、それに政治家もいた。私の舞台だけではなく、この利賀村の施設と運営のすばらしさが、中韓両国にかなり浸透したことを実感できて嬉しい。韓国にも中国にも、似たような施設を作るから、提携して活動をしたいと提案される。
 昨年は北京の中央戯劇学院、ソウルの中央大学との教育事業の共同計画が進んだが、今年は演劇専門家の共同事業の話が多い。来年は上海で中国人俳優だけによる「シンデレラ」の公演、私の俳優訓練方法をめぐっての国際会議の開催などが決まる。それだけではなく、来年の秋に北京で開催されるシアター・オリンピックスの詳細が、来村していた国際委員たちに中国の委員から報告され、11月にはシアター・オリンピックスの国際委員会が北京で開かれる。記者発表も行われることになったようである。
 韓国の元文化体育観光部長官で現在は国会議員でもあるチョン・ビョングッさんは、出身地の加平郡に演劇村を実現したいと演劇人と建築家を伴い、芸術公園の劇場群と付属施設を視察にきた。この計画はかなり具体化しているらしい。
 私が利賀村へ来た初期の頃は、日本の演劇人やジャーナリズムに、SCOTは新興宗教の団体になったとか、革命のための軍事訓練をするのかと揶揄された。今やそんなこともなくなってきたが、それでも未だに中傷はないわけではない。初期の頃に理解されなかった記憶が強かったためか、利賀村での活動の理念と志しを、中韓両国の人たちがよく理解してくれるので、ホッと嬉しくなるところが奇妙な感じ。
 この利賀村の活動の運営面での成果はまったく、昨年この世を去った斉藤郁子の執念と情熱の賜物なのだが、長年にわたって彼女とBeSeTo演劇祭を運営面で支えてくれた、中国戯劇家協会の李華芸さんから、鈴木さんの長征は毛沢東のように成功しましたけれど、斉藤さんは鈴木さんの犠牲になりましたね、と流暢な日本語で言われてスコシ、マイッタ。イヤミやカラカイで言ったことではないことは分かっている。いつぞや私と斉藤の仕事の関係が羨ましい、と言ってくれた人である。
 犠牲とは大きな目的に身命を捧げて、他人のために尽くすことも意味するから良いが、それでもギセイという言葉はチョット、テイセイシテクレナイカナ、とは思ったが口にはしなかった。しかし、この言葉をワザト矮小化して、斉藤が私のためにムリヲシテ、身を滅ぼしたかのように受け取る愚かな日本の演劇人もいるに違いない。
 この言葉の後で李華芸さんは、斉藤さんの思いを継いで、中国演劇界はこの利賀村の在り方を勉強しながら、存分に利用させてもらいます、と言ってくれた。中国の若い劇作家をここに合宿させ勉強させたい、というサッソクノ提案もいただいた。斉藤の祖父は若い頃に、清国の軍隊の大学校長を3年間も務めていたから、この言葉を実際に聞いたら、どんなに喜んだかと想う。
 日本と中国、それに韓国、よりによってこの両国とは政治的な緊張状態に突入している。新聞報道だけを見れば、中国と日本は今にも戦争が起こっても不思議はない、と中国人は感じるほどの時もあるらしい。そのことを思うと、この利賀村で起こっていることは別天地のデキゴトカモ、これも文化芸術に携わったアリガタサカ、と今更のように感じる。