BLOG

鈴木忠志見たり・聴いたり

5月30日 失礼な人

 「シンデレラ」上海公演の初日の幕が24日に開いた。この「シンデレラ」は親子で楽しく観劇できるような芝居をと2年前に創った。しかし一方では、私の考えられる限りの演出手法を駆使してみて、演劇の専門家にも観てもらいたいという気持ちがあった。幸いインターネット上では、上海の演劇人は、ミナ、ミルベキダ、という声もあって喜んでいる。しかし中には、私の飛躍の多いコラージュ的な演出手法に戸惑い、疑問を呈する人も当然いる。
 俳優たちは殆どが20代、しかし中国全土からオーディションで選ばれているので、それなりの意欲と力量がある。むろん、私の訓練をそれほど長く経験しているわけではないから、未熟さは残っているが、これからの人たちであることは確かで、この短期間にと、私としてはむしろ励まされた。
 今回の公演は上海戯劇学院の谷亦安教授がプロデュースしてくれた。この公演に並行して、私の演劇理念と訓練をめぐっての国際シンポジウムも開催してくれた。中国、日本はもとより、アメリカ、ロシア、イタリア、デンマーク、シンガポール、オーストラリア、リトアニア、台湾など、世界の各地で私の演劇理念や訓練を教えたり、演出している人たちが招聘され、2日間にわたって私の演劇活動について、公開の討論会を開いてくれた。日本では考えられもしない規模の催しと、充実した内容の企画が中国で実現している。この事実をどう受け止めるべきか。谷教授にはただただ感謝である。
 谷亦安教授は私の演劇理念と活動の独自性を良く理解してくれている。私の訓練や舞台に興味をもつ外国人は、日本人でもそうだが、演劇だけのことしか考えていない人が多い。私の訓練方法によって俳優の演技力を高めたいとか、共同制作をしたいとか。その点では、谷教授は最初から入射角が違っていた。
 私の理念と仕事をグローバリゼーションの文脈の中で理解している。私の理念と利賀村での具体的実践が、現代社会でどのように重要な存在意義を有しているか、そして現在の中国社会にも必要であること、その広め方はどうしたら良いかに腐心しているのである。そして現代社会批判としての私の活動を、中国のみならず全世界に理解させ、広めなければと考えている。違う言い方をすれば、私の演劇活動の精神を、社会活動あるいは世直しの一環として本質面でとらえてくれている。こういう人が、日中間の政治的な緊張の激しいこの最中に、中国から彗星の如くに現れたのは仰天である。
 今年の初頭、彼の案内で浙江省の紹興市の魯迅の生家に行ったことがある。現在は国指定の博物館のようになっている。あまりに立派で大きな家、しかもチョットしたパフォーマンスも上演可能な舞台も中庭にある。魯迅と言えば明治時代に日本にも留学し、中国近代文学の父とも言われる人である。一家全体が中国を代表する知識人として尊敬された。
 私が感心して家屋を眺めていると、谷教授が傍らで呟いた。昔の中国の知識人はお金持ち。今、中国でお金持ちの人は、失礼な人ね。私は笑いながら上手いニュアンスのある言い方だと思った。シツレイナヒト、これは日本社会でも同じだと感じる。谷教授の失礼は行儀のことではない。人間=他人に対する精神的な態度のことである。
 最近の日本社会では金持ちだけではなく、知識人すらも、失礼な人になっているのではあるまいかと危惧する。