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鈴木忠志見たり・聴いたり

8月4日 訛り

 いよいよSCOTサマー・シーズンの季節、8月から9月にかけて、利賀村は18カ国からの演劇人で賑わう。これらの人たちの共用語は英語、今年は約150人ほどの外国人が、英語で会話をすることになる。もちろん、英語圏の人数はそれほどでもないから、流暢な英語が飛び交うわけではない。仕方がないから、タドタドシク話している人も多い。しかし面白いことに、流暢に英語を話している人の気持ちが、よく伝わるわけでもない。
 パーティの席で、アメリカの俳優がイタリアの俳優に私の訓練方法について話しかける。イタリア人はよく理解できない。何を言っているのかと、傍らにいたアメリカ人俳優にたずねる。するとそのアメリカ人はソッケなく答える。彼の英語は私でも分からない。イタリア人は安心する。発音が悪いわけではなく、気持ちを表現する時の言葉の構成の仕方と、話の前提になる共有体験の踏まえ方が間違っているらしい。それでは、どれだけ多くの言葉を積んでも理解は成り立たない。
 ドイツ人とインド人が演劇論を戦わせていたことがある。私から見ても彼らの言葉は、所属する国の言葉のアクセントやイントネーションが手振り身振りと一緒になって、オモシロイ会話風景になっている。しかし、相手の言うことが通じないわけではなく、むしろ会話はハズンデ楽しそう。
 英語圏の人間には、珍妙に見えることもあろうが、言葉は発音が正しければ、語彙が豊かであれば、話す人の気持ちが他人に伝わるわけでもない。これは日本人の日本語にも、よく見かけることである。喋れば喋るほど、何を言っているのか、何を言いたいのか分からなくなる人が多い。そこには物事を感受する仕方のマズサ、言葉の裏に在るセンスの悪さが、コミュニケーションの障害として横たわっている。
 ドイツ人やインド人あるいはラテン系やアラブ系の人たちが英語を話す時に、自国語の発音の訛りを色濃く反映させていることがある。しかし、その話し方に慣れると、実によく理解できる英語だったりする。そして、その話し方を個性的だと感心してしまうこともある。それのみならず、その訛りが不思議と耳に焼き付いて、その人を懐かしく思い出させることもあるのである。その言葉の背後の感受性とセンスの素晴らしさが感じられて、むしろ言葉の訛りが、印象を強くしたりすることもある。
 ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく。東北出身の石川啄木の有名な短歌である。この停車場は上野駅のことだそうである。柳瀬尚紀は「日本語は天才である」の中で、国語の授業でそのように教わったと書いている。私にはそんな記憶はないが、一般にはそれが正解らしい。ナルホド! 東北の玄関口上野駅か。
 今や殆どの日本人にとって、この短歌が伝えようとしている気持ちは遠い。東北新幹線はもはや汽車とは呼ばない。その発着する駅に訛りが飛び交うなどと、誰も想像しない。ましてや東北新幹線の始発駅は東京駅なのである。人々は雑踏のなかを、タダ黙々と歩いているだけである。残念ながら、啄木の短歌はモハヤ死んでしまっただろう。
 柳瀬尚紀も引用していたが、寺山修司に次のような短歌がある。ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし。寺山は死ぬまで独特な東北訛りでその発言を押し通したが、こういう文化的な信念も心情も、日本人にはすでに遠いものになってしまったかもしれない。
 数多く在った日本語の訛り、それが停車場にないとしたら、何処で聴くことになるのであろうか。もし聴けないとしたら、日本文化の奥行きの喪失の一端を感じ、寂しい限りである。
 日本創成会議の報告によれば30年後に、日本の市町村の50%近くが消滅するという。特に、秋田、青森、岩手の市町村は80%以上に及ぶ。東北の壊滅である。明治の石川啄木はさておき、昭和の寺山修司の心情すらも、珈琲と共に味わうことのできない国になるのかもしれない。