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鈴木忠志見たり・聴いたり

10月23日 腐った男

 久しぶりにリサの新聞を読む立ち姿を見かける。今回はバナナを口にほおばりながら、机の上に新聞を広げて読んでいる。カントク! リサは演出家をこう呼ぶ。カントクは食堂の片隅で即席ラーメンを啜っていた。
 カントクはこの前、アイツは女の腐ったような奴だ、と口にしたけど、アレハ、イタダケナイ。モウ、旧いですよ。最近は、男が腐っているんです。
 ソウカイ、カントクは取り合わない。この種の議論になるとリサはしつこい。しかしなぜ新聞を読みながら、リサがこんなことを言いだすのか、カントクには不思議。腐っている奴は男であろうと女であろうと腐っている奴、ドウデモ、ヨイ。女の腐ったような、と言ってしまったのは、確かにマズカッタ。コレハ、昔の男の口癖だった。カントクはこの言葉で、父親や先生に怒られた子供の頃を思い出し反省する。
 これでは男の腐ったのに、ニチャウヨナー。聞こえよがしのリサの呟き、無視しすぎると、稽古場の態度に影響するかもと、過剰に気配りをする気質のカントク、リサに声をかける。男の腐ったのって、どんなイメージなんだい。
 他人に迷惑をかけても、屁理屈を捏ねて自分を正当化する、口がウマイ、そのくせニブイ、イヤな感じのヤツですよ。自分の行動は他人のためにヤッテイル、だから謝らない。マア、デキソコナイダネ、ニンゲントシテハ。男への悪意マルダシ。
 しかし、そういうところは誰にでもあるんじゃないか、多かれ少なかれ。女にはありません、リサはすかさず反論。顔が良かったり、頭が良かったり、金儲けがうまかったり、少しチヤホヤされると、俺はエリートだとノボセアガル、そういうトチ狂った男にしか腐敗菌はつきません。カントクは良かったじゃないですか、どれにも、アテハマラナクテ。
 チョット、言い過ぎではないかなあー、とカントク。ジャア、女の腐ったのって、何ですか、リサはタタミコンデクル。こうなったら仕方がない、踏み込む以外にはないとカントク。気持ちにコダワル、ズルズルと。それで現実を見ない。マア、人間関係に建設的でないってことかな。
 男が失敗をしても、他人のせいにして自己正当化をするのは、気持ちにこだわっていないわけですか、カントクの説では。確かに男はプライドにこだわるね。その男のプライドとやらは気持ちじゃないんですか。リサは追い打ちをかける。まあ気持ちだろうね。そうでしょう、それも根も葉もないウヌボレというチャチナ気持ち。これは腐っているんです、根性が。
 リサの男の環境が悪かったのか、被害意識が男への誇大妄想に転化したような攻撃。何が彼女をこうさせるのか、どんなふうに男に騙されたのか、カントクは黙ってゲスの勘ぐり。リサが近づいてきて新聞を指さす。そこには安倍内閣の女性大臣二人が、同時に辞職したことが報道されている。
 このヘリクツがイヤなんですよ。討議資料だなんて言ったりして。国会で議決された法律の討議資料を、お祭りに配る馬鹿が居るか! このヘリクツは腐った男がよく使う手だ。国会議員や官僚のオジサンと付き合っているうちに、この女は腐った男みたいになっちゃった。
 もしウチワと言われれば、確かにウチワの形をしている、なんて弁解すべきではない。ソレハ、ウチワデスヨ、暑い夏にウチワを配って何が悪い、と言うべきだ。ウチワを討議資料のように見せかけた私は恥ずかしい。私の態度はジツニ姑息だった。これが公職選挙法に違反していると、皆さんが言われるのなら、法律がマチガッテイル、皆さんのニンゲンとしての態度が間違っていると私は言いたい。私は法務大臣としてこの法律が改正されるまで、断固として辞職しないでガンバル。カントク! これが女の生きる道ですよ。
 カントクは唖然としている。しばらくして思う。安倍首相が提唱する女性の活躍する社会、それが来るとこういう思い込みに充ちたエネルギーが噴出することになるのかも。そうなったら、男はタチハダカレナイ。バカヤローなんて殴れないし。カントクは少し憂鬱な気分になる。しかし、その気分を振り払うように、優しくリサに言う。
 そろそろ稽古に行こう。リサにはその優しさが嬉しそう。