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鈴木忠志見たり・聴いたり

7月28日 この世の花

 深夜の土砂降りも、明け方に止む。わずかに水を残した木々の葉が、太陽に映えて初々しい朝。リサが食堂のベランダに一人、脚と腕を組んで椅子に寄りかかり、眼前に広がる山並みを眺めている。テーブルにはコーヒーカップが一つ、このポーズ、朝食は済ませたらしい。
 カントクが寝ぼけ眼で登場。稽古かコンピューターに付き合い過ぎたのか、顔がハレボッタイ。リサの横に立ち、マズ欠伸をする。リサはカントク特有のコノ自己主張、少しイヤミだが、このオジサンハ、カワイイと感じる。オレハ、オソクマデ、イッショウケンメイニ、シゴトヲシテイルンダゾ、ミンナノタメニ。ソレデ、コンナニ眠い。ソウカ、ソウカ、ゴクロウサン! リサは余裕のある顔で、カントクの身体から滲み出るフンイキを受感。感じて受けたのではなく、ウケテ、カンジル。
 自分でコーヒーを入れてリサの隣に座るカントク。すかさずリサの第一声。昨日の稽古で歌われていた島倉千代子の歌謡曲ですけどね。からたち日記? もう一つの方。「この世の花」かい。ソウ、あれですけどね、思う人には嫁がれず、思わぬ人の言うまま気まま、と歌うじゃないですか。ああいうのはナンテ言うんですかね? 片恋だろう。勝手な片思いじゃないんですか。同じだろうそれは。チョット違うんじゃないかと思うんですけど。もう、思わぬ人の言うまま気ままになっているんですよ。それでも恋なんですか。リサ特有のこだわりのリクツ。カントクは黙ってツブヤク。いつまで経っても、直らない性格だな。
 恋は精神的なもので、思いはもう少し現実的な御利益に結び付いていませんか。ネエ、カントク! 樋口一葉が言ってるんですよ。切なる恋の心は尊き神のごとし、って。リサの雑学、どこで覚えてきたものか、ミノホドシラズのことを言う。
 カントクにはリサのこの見栄の張り方がホホエマシイ。ワタシ、こういう大袈裟なの好きなんです。ナントナク、その気にさせられるじゃないですか。女優もこんな気分でヤラナイトネ。カントクのような男には分からないだろうけど。カントクは、北村透谷かな。恋愛を有せざるものは春来ぬ間の樹立ちのごとく、なんとなく物寂しき位置に立つものなり。
 カントクは苦笑、コレデ、ゲンキニナレルノナラ、イイダロウ。稽古場ガ、ホガラカニナル。ヤクシャナンテ、モトモト、ネモハモナイ、衝動ト、幻想デ、ナリタッテイル。
 最近の政治には恋心を満たすものがないですね。御利益第一の思いばかりが横行しちゃって。カントクはどう思います? ウン、ソウダネ、アンマリ興味が湧かないけど。ソレハ、ダメデスヨ、自分でいつも言うじゃないですか。流行歌はクダラナクミエルだろうけど、政治に対する大衆の気持ちの評言だと思えば、ツキアエル。
 ワタシ、思うんです。「この世の花」の歌詞が私の気持ちに、ピッタリダッテ。思う人には嫁がれず、思わぬ人の言うまま気まま。政治家にはいつも裏切られちゃう。
 一番のうしろの歌詞はシッテルカイ。カントクは言う。涙にぬれて蕾のままに、散るは乙女の初恋の花、ダヨ。ソウデスネ、ワタシ、オトメナンダ。リサはホガラカ。ソウ、ソウ、稽古場でもキミはいつでもオトメのようだよ。ウイウイシクッテ。マダ、ソウミエマスカ。リサにはどんな皮肉も通じない。あくまでもホガラカである。ソシテ、トンデモナイコトヲイウ。
 日本の政治にはガンバッテモライタイナ、世の乙女たちのために。花はヤッパリ咲かせたいですから、カントク!!