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鈴木忠志見たり・聴いたり

8月31日 将来に向けて

 SCOTサマー・シーズンの二週目が終わる。昨年より一週間、公演日を増やしたのだが、今年も劇場の収容人数を超える観客が来村。嬉しいかぎりである。満席を承知で観劇を望む人の列ができる。こんな山奥にまで、ワザワザ来ていただいたのだから、なんとか希望に添えるようにしたいのだが、野外劇場はともかく、合掌造りの小劇場は客席のフレキシビリティーが少ない。新利賀山房の公演は追加することにした。
 今年は世界中から、私の訓練をマスターした俳優たちが参集してくれた。私がスズキ・トレーニング・メソッドと呼ばれる演技訓練を開発したのは、約40年前である。この訓練に最初に注目したのが、アメリカの演劇界。政府系の財団の支援で数年にわたって全米から多くの俳優が来村して研修をした。その第一期生ともいうべき人たちは、俳優としてもすでにアメリカで大活躍している。年齢的にはもう60近い人たち。利賀村での活動の長い歴史を、そちらからも感じさせられる。
 今夏も世界25カ国から300人ほどの人たちが来ている。私の訓練生の第五世代とも言うべき中国人の数が増えている。中国の教育機関や劇団で、私の訓練への注目度が急激に高まったからだが、自国以外の文化を吸収しようとするときの積極的な行動力を、昔のアメリカ人の意欲と似たように感じる。
 例年のことだが週一回、観客の質問に答える機会を設けている。二回とも、この利賀村の後継者をどうするのか、と聞かれる。利賀の将来について質問されるのは有り難いことではある。常日頃に考えていることだが、コト芸術面では後継者があることはない。政治家や経済人あるいは伝統芸能の役者のように、自分の二代目が世襲的に存在することなど、芸術家にあるはずもないから、ソノヨウニ、コタエル。むしろ芸術的には、私とマッタクチガウ作品を創る人であったり、バアイニヨッテハ、外国人であるかもしれない。タダ、利賀村で展開されている事業は行政との共同作業、その面での日本的制約を、ジョウズニ踏まえて活動できる能力のある人でないといけない。
 質問されて改めて思ったのだが、演出活動は家業ではないから、二代目を作ろうなどと、ソンナ気分になったら、モウ、オシマイだろう。演出という仕事は、目に見える形になって残るものではない。空間と時間の一瞬の組織者であるに過ぎなく、それも観客と呼ばれる人たちが存在してくれなければ成立しない、マコトニ、寂しい行為なのである。その寂しさへの感じ方は、人それぞれによって大きく異なる。
 しかし、そうは言っても私はカネガネ、自分は演劇をやっているつもりはない。日本の現状を批判的に検証し、未来への夢を描く社会活動をしているのだと公言してきた。そのために興行活動のような入場料金制度も廃止した。そして、多くの理解者の賛同のお蔭で、コンナ山奥に、世界の文化関係者が羨むミゴトナ施設群が出現した。
 この発端はマッタク、南砺市になる前の利賀村、人口1,500人の過疎村の果断な決断によるのだが、この決断に込められていた願いだけは、私の存在がどのようになろうとも、実現に向けての努力はされなければならないとは思っている。どんな形になるにせよ、この施設を充分に活用し、多くの人たちの人生に励ましを与えることのできる後継者の出現を実現するのは、私の責務には違いない。
 40年を経過した現在、モノゴトハ、ソノヨウニ、進んでいないわけではないが、いずれにせよ、利賀の活動に賛同してくれた観客、毎年増え続けている若い観客、その人たちの利賀への期待を前提にしないわけにはいかないだろう。