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鈴木忠志見たり・聴いたり

10月10日 食事からの風景

 久しぶりの東京。自宅に帰る前に、東京駅前の旧東京中央郵便局の中のレストランで食事。新宿の早稲田小劇場で活動していた頃、外国に電報を打ちに訪れた場所である。外国と至急に連絡をしたい時には、ここに来る以外にはなかった。
 内部は随分ときれいで、ゆったりとした空間に改装されている。私にとってこのビルは相変わらず有り難い。富山との行き来を飛行機ではなく新幹線にする場合、食堂街が夜の11時まで開店しているのが便利なのである。サスガ、トウキョウと身勝手な感心をしている。
 最近、外国人や日本人の来訪者に、利賀村の日々の食事が美味しくなったと言われる。芸術公園内にある食堂ボルカノは、劇団員と劇団員以外の出演者、それにサマー・シーズンのゲストの専用にしているのだが、この言葉は舞台の出来具合が良かったと言われるのと同じように嬉しい。というのは、このボルカノでの料理のメニューは、女優が中心になり考えているからである。男優が作らないというわけではない。高校時代には料理を専門に学んだ男もいる。この男優は30種類ぐらいの食品の特性、カロリーや成分を覚えているという。毎日の食事は当番制、女優が中心とはいえ男優も加わって五人一組で作っている。
 時々、珍しい食材を使った料理が出る。どうしてこんなものが手に入るのかと不思議に思うことがある。それだけではなく、こんな食材を使っていたら劇団の財政、と言ってもわずかなものだが、それを圧迫するのではと危惧して尋ねる。
 その答えはすべて、ネット。心配しなくてダイジョウブ、と答えられる。ドコニ、ナニガ、どれだけ安く売っているか調べまくっていると言う。インターネットを縦横に活用しているらしい。食事当番に加わった外国人に、自分の得意な料理を作りたいと、珍しい食材を要求されても、ホトンド、OK、ニホンはスバラシイそうである。
 女優のリサが男優に聞いていたことがあった。TPPが発効すると、ウチノ、ショクジにも影響が出ますかね。男優は突然のことで、何を言われているのかわからない。食料費が安くなるのか高くなるのか、私は劇団のケイザイのことを考えているんですよ、とリサは言う。男優はリサに刺激されて他のことを考える。先輩はTPPなんて興味がないんだ、芸術一筋、ダモンネ。外国から食料品が安く輸入されたら少しは私たちの苦労も助かるかと思って聞いたんだけど。オレハ、ムシロ、ジャガイモやホウレンソウの畑でもやろうかと思ってるんだよ。新鮮な野菜をすぐ食えるように。ダメデスヨ先輩には、アレハ根気がいるんです。
 劇団員の食事は劇団員で作る、この方針を実行しだした初めの頃は、私は少し心配だった。稽古時の集中力が少し拡散し弱くなるのではないかと。しかし、今になってみると結果はよかった。劇団員同士が演劇とは異なった目的に一定時間を集中しながら、いろいろな会話を発生させているからである。お互いの存在を異なった文脈の中で感じあえるだけではなく、利賀村での生活以外の流動する社会の一端にも、ヴィヴィッドに触れることができている。利賀村のような山の中での、常ならぬ演劇活動の客観化の助けにもなっているように感じるのである。リサと男優のトンチンカンな会話にも、その一端は浮いている。
 TPPとはリサも大きく出たが、物事の理解の最初はこんなもの、自分の身のまわりの事象に引きつけて、対象を身近につかもうとする。なんでも理解したい、理解したとするこの態度は悪くはないと思う。
 もっとも、肝心な演技が、ウスッペラな理解を前提に作られるのは困るのだが。私は稽古場で、リサによく言うのである。モウスコシ、台本を勉強し、考えてきたらと。