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鈴木忠志見たり・聴いたり

11月30日 最後の教室

 私の訓練をもっとも良く習得した外国人俳優は誰かと聞かれたら、まずアメリカ人の二人、男優のトム・ヒューイットと女優のエレン・ローレンの名前をあげざるをえない。二人とももはや50歳の半ばを越えているが、未だアメリカ演劇界の第一線で活躍している。その二人が今年の12月、同時期に東京の舞台に登場する。
 トムに初めて会ったのは1980年、彼がウィスコンシン大学の演劇科の学生、18歳の時である。私が初めてアメリカで私の訓練を教えた時の最初の生徒。今や彼はアメリカミュージカル界のスターだが、20代の頃は夏になると毎年利賀村に来て私の訓練をしていた。それだけではなく、私の舞台の主役のいくつかをも演じている。「バッコスの信女」のペンテウス、「王妃クリテムネストラ」のオレステス、「リア王」のリアなどである。
 これらの舞台はドイツ、ギリシャ、アメリカなどでも公演したが、特に「リア王」は全米で147回も上演し、8万人の観客を動員した。日本では東京赤坂の草月ホールでの「リア王」が、彼の最後の公演だったと記憶する。このトムがミュージカル「CHICAGO」の主役、弁護士役で来日するというから驚くがナントモ懐かしい。来日経験のある人たちに必要性を強調され、最初に覚えてきた日本語が「男子のお手洗いは何処ですか」、18歳の顔で笑っていたのを思い出す。
 エレン・ローレンは今年の夏、SCOT創立50周年の記念公演「エレクトラ」でクリテムネストラの役を演じている。彼女は「ディオニュソス」のアガウエ役でもしばしばSCOTの舞台に出演している。20代の半ばからのことだから、利賀村滞在は数ある外国演劇人の中でも、最も長いかもしれない。女優になる以前はアメリカのオリンピック出場メンバーの一人であった。
 現在は私がアメリカの演出家アン・ボガートと創立した劇団SITIの芸術監督であり、ジュリアード音楽院で私の訓練も教えてくれている。彼女は12月の吉祥寺シアターでの公演「エレクトラ」のために来日する。
 この二人が一度だけ私の演出で共演したことがある。劇団SITIの創立第一回公演「ディオニュソス」である。トムがペンテウス、エレンがアガウエを演じている。ニューヨークから車に乗り約3時間の所、洒落た小さな町サラトガ。競馬場でも知名度のある町だが、そこに在るスキッドモア・カレッジの劇場での公演、1992年のことであった。公演日の都合で今回は、二人はお互いの舞台を観ることはできないようである。
 こうして書いていくと、私がスズキ・トレーニング・メソッドを教えてきた時間の長さを改めて感じる。歳のせいもあってある時期から、私自身が自ら訓練を教えることはしなくなったが、今でも世界中からの要望は多い。むろん、ここ数年はすべて断っている。しかし先頃、利賀村以外の日本で、私の訓練を本格的に公開したことがないことを指摘された。
 もういつまでも元気でいられるかオボツカナイ年齢、迷いもあったが思い切った。公演のチラシには、最初で最後という文字が記されてある。最初はともかく最後になることだけは確かである。アメリカ人俳優の来日に刺激されたこともあるが、吉祥寺シアターで訓練の本質の一部を見せることを決心した。
 日本の演劇人がいちばん誤解している訓練。しかし、訓練は訓練、それだけ見せても仕方がないので、それが実際の舞台にどう生かされるかも含めて公開し、いささかの解説を加えることにした。中国の俳優、万里の長城の麓の野外劇場で先月ペンテウスを演じた男優、田冲にも加わってもらうつもりである。専門的な演劇理念と実際の演技のことではあるので、経験のある演劇関係者が来場してくれると有り難い。
 6年間も続いた吉祥寺シアターでの最後に相応しい、演劇教室になればと思っている。