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鈴木忠志見たり・聴いたり

1月13日 演劇の力

 今年は元旦に利賀から東京の自宅に帰る。いつもは正月3日まで利賀にいるのだが、1月8日に東京で開かれる第9回シアター・オリンピックスの記者会見の準備もあり、新年早々に利賀を出た。
 昨年の末に、今年行われるシアター・オリンピックスに必要な小規模な宴会や会合も可能な施設を、創価学会から舞台芸術振興のためにと寄付してもらった土地に建てた。12月27日にその建物のお披露目をかねた劇団の忘年会をしたが、参会者の多くから美しい仕上りを褒められる。年末年始は豪雪だとの天気予報もあったので、折角の建物が損傷するといけないと思いながら年を越した。静かな環境で美しい建物と共に新年が始められて、久しぶりに幸せな気分を味わう。
 シアター・オリンピックスの創設は1993年である。場所はアポロンの神殿のある聖地デルフォイ、ギリシャ悲劇に登場する有名な主人公オイディプス王が、自分の過去の謎を解き明かそうと神託を聞きに訪れた山上の小さな街である。そこに世界各国から演出家と劇作家が集まった。今やその大半の人たちは亡くなったり病院で治療中である。創設者8人の中で今年のシアター・オリンピックスに参加するのは、アメリカのロバート・ウィルソン、ギリシャのテオドロス・テルゾプロス、私の三人である。寂しいことだが仕方がない。とりわけ、私にその思いを抱かせるのは、長年にわたって事務局長として<ガンバッタ>斉藤郁子の不在である。
 今年のシアター・オリンピックスは、日本とロシアの初めての二カ国共同開催である。その意義を日本の人々にも広く知ってもらおうと、ギリシャから国際委員長のテオドロス・テルゾプロス、ロシアからは新しく国際委員に加わったアレクサンドリンスキー劇場の芸術総監督ヴァレリー・フォーキンに来てもらった。
 ロシア開催の中心地は人口530万人のサンクトペテルブルク市、利賀村は人口5万人の南砺市に属するとはいえ、500人弱しか居住者のいない山村、この二つの場所が中心になり、<人間とは何か、我々はこれからどんな未来に向かって生きるのか、そのために何が必要とされるのか>の認識を世界に共同で発信する。不思議といえば不思議な出会いだが、こんなことが実現するのも民族や国家の違いを乗り越えて、精神的な連帯をもって活動することを前提とする、演劇がそなえる力の証しである。
 軍事や経済の力は、一国家の力量を世界に誇示することはできる。しかしそれは、他国の人々にとっては、脅威として感じられることの方が多い。実際のところ、軍事力や経済力は当該国家を物質的に豊かにすることに役立ったとはいえ、その力の拡大のために犠牲になり、悲惨な人生を送らざるをえなくなった国家の人々も多いのである。
 今回のシアター・オリンピックスの二カ国による共同開催は、今後も繰り返されると予測される、こうした世界的傾向への芸術活動側からの批判、その実践的な形の一つの在り方であると思っている。