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鈴木忠志見たり・聴いたり

4月5日 誕生祝い

 いつも使っている食堂ボルカノは、シアター・オリンピックスのために改装している。しばらくの間、劇団員の食事の場所は八角型の本部棟に移る。富山県の経済界やカリフォルニア大学などの寄付で建てたもの。友人の磯崎新の設計、八角型の広間は天井が高く、明かり窓が巡らされている。室内から大自然の光の変化を感じられる心地良さがある。通常は図書の閲覧や映画の鑑賞、来訪者の接待に使用している。
 早起きをしてしまい、少し早めに朝食に行く。ビュッフェ用のテーブルには、まだ料理がない。準備中の団員に急ぐことはないよと言ったが、気をきかせた女優がコーヒーを持ってくる。さらに気をまわしたのか、通称ダルマと呼んでいる石油ストーブに手をかざしている私の斜め横に座る。私は別に退屈しているわけではない。
 イヨイヨ、迫ってきましたね。ソウ、80歳。今年はどうしますかね。何もしなくていいんじゃないか。生きている時間がそれだけ短くなったという目印だから、メデタイわけじゃない。オレハ、多勢で英語のあの唄を歌われると、トリハダガタツ。外国のレストランなんかで歌われると、恥ずかしくて逃げ出したくなるよ。ソウハ、イカナイデショウ。劇団員以外の人たちもナニカ持ってきますよ。イツモ、甘いものばかりで迷惑している。自分では食えないから、ケッキョク、お前たちが食うことになる。ハルカはそれを期待している。アイツはチョコレートにはメガナイ。
 演劇以外にチュウさんの老後の楽しみはナンデスカ。ナニヲするんですか。何年も一緒にいるのに、この女優はトンデモナイことを聞く。私が演劇を楽しみでやっていると思っているらしい。私はブッキラボーに答える。ショベルカー。創価学会に寄付してもらった土地に、二つ建物は建ったけど、まだ整地されていない所は多いからな。ケッコウ、時間はかかるんだよ。女優は、モウ、ヤメタラという顔をしている。
 昔、田中角栄という総理大臣がいた。小学校を卒業して、しばらく新潟県で土建の仕事をしていた。そのとき従業員仲間に言ったそうだよ。スエズ運河もパナマ運河も我々のような人間が手作業で造った。そのお蔭で地球の交通体系は変わり、全世界の人たちが便利をした。我らは地球を改造する芸術家だと。地形が変わっていくのは、オモシロインダヨ。
 デモ、ソノトシデ、ショベルカー、ツカレルデショウ! 当たり前だ! シカシ、お前のヘタナ演技を見ているよりは疲れないよ。自分の思うように地形は変わるんだから。ソウデスカ、そんなに稽古は疲れますか。この女優は自分のことを言われているのに、一般論にすり替える。稽古ではなく、オマエノ、ヘタナ演技と言ったの、オレハ。少しは良くなっていませんか、最近の私は。この女優は堂々とシブトイ。ナカナカ傷ツカナイ。ソコガ、この女優のトリエ。オレハ、地形を変えるから、オマエハ、ソノ太った体型を変えろ!
 この会話の後しばらくして、会計係のヨシエがやってくる。イマ、使っているのを新品で買うとチョット高いんですけど。少し小型ではダメですよね。ナンノコトダ? ショベルカーのことですけど。リサが80歳のチュウさんの誕生祝いに、ショベルカーを贈りたいと言うんですが。リサとそんな話をしました? トンデモナイ! リサにそんな金があるわけないだろう。
 エエ、ソコナンデス。私にはお金がないから、世界中の女優によびかけて集めたらと、リサが言うんです。コレマタ、堂々とズウズウシイ。ナンデ、女優なんだ。私もそう思ったからリサに聞いたんです。そうしたら、チュウさんの誕生日に、男がナニカ持っていったことはありません、男はケチですから。ソレニ、女優だけで贈った方がチュウさんも、ウキウキと華やいでショベルカーを使える。
 私の知らないところで、妙な会話が進行している。私の老後の道楽のために、世界中の女優に金を出せなどと言えるわけがない。自分で買うから、その話しはナシ、と私は言ったのだが、ヨシエもリサに輪をかけてシツコイ。ご随意ならどうでしょう、観劇料もそうしていますし。観劇料とショベルカーを一緒にするとは、私は呆れる。シアター・オリンピックスも迫っている。いくら私が好きでも、ショベルカーなどやっている暇があるわけがないのである。私は言った。
 もし贈ってくれるなら、葬式の時に香典の代わりに新車を買ったらどうだ。香典は<ご随意に>だからな。そして、生前の鈴木忠志がいちばん<愛したもの>とボディーに書いて、野外劇場の入り口の脇にでも置いといてくれ。