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February,05,2018

シアター・オリンピックス

 第三回シアター・オリンピックスが、4月21日からロシアのモスクワで開幕した。6月29日までの開催期間、46ヵ国から参加した劇団の作品が上演される。私もボリショイ劇場の歌手による細川俊夫作曲のオペラの一部と、私が芸術総監督をしている静岡県舞台芸術センターのギリシャ悲劇『エレクトラ』と『オイディプス王』、それに観世榮夫の能『善知鳥』を新しく演出した四作品を、6月中旬から下旬にかけて上演する。
 このシアター・オリンピックスは、私を含めた世界の劇作家、演出家11人によって構成されるシアター・オリンピックス国際委員会が主催するものだが、そのつど、スポンサーになってくれる団体との共催で行われる。第一回はギリシャ政府、第二回は静岡県、今回はモスクワ市との共催である。シアター・オリンピックス国際委員会は、ギリシャの演出家であり現委員長であるテオドロス・テルゾプロスの呼びかけによって1994年に創設された。
 その当時は、東西の冷戦が終結して平和が訪れるという多くの人々の期待に反し、民族紛争が多発しはじめ、また経済システムを中心としたグローバリゼーションにより、文化の画一化が進行しだしていた。こういう傾向がもたらす精神活動のマイナス面を克服するために、それぞれの地域や民族に受け継がれてきた固有な文化活動を検証し、何が人類の共通財産になりうるのかを明らかにする国際的な協力関係を築きたいというのが、委員たちを結集させた認識であった。具体的には国際協同の在り方のルールづくりや、未来へ向けての教育制度をどうすべきかという問題意識である。
 さいわい、このシアター・オリンピックスの存在意義は、回を重ねるごとに理解の輪を増し、第一回のギリシャ大会では9ヵ国だったのが、第二回の静岡大会では20ヵ国、今回のモスクワ大会では46ヵ国の参加となっている。これにはルシコフ・モスクワ市長の、モスクワをもう一度舞台芸術のメッカにしたいという強力な意志が反映している。モスクワ市はこのシアター・オリンピックスのために二つの新しい劇場を建設した。また、ロシア政府にもこれから舞台芸術を振興しようという政策的な意図があるようである。
 4月23日、シアター・オリンピックス国際委員会を代表して、私とアメリカ代表の演出家ロバート・ウィルソン、モスクワ大会の芸術監督をつとめる演出家ユーリー・リュビーモフの三人は、プーチン大統領とクレムリンの会議室で一時間余にわたって懇談した。
 そのときプーチン大統領は、ロシアが誇りにできる重要なものの一つに舞台芸術があり、ロシア政府としては全面的にこれを支援したいとし、どういう財政的な援助の仕方や教育の仕方が望ましいかをわれわれにたずねた。大統領は、共産主義政権下とは違い、芸術家への支援は民間からと自助努力を原則とするが、個人、法人を問わず、芸術を支援する人たちを支援するための新しい法律や制度を考えており、それがどういう在り方がいいのかということを問題にしたかったようである。
 ロバート・ウィルソンはアメリカの支援制度の在り方を説明したが、私は現在の舞台芸術活動において、いちばんの重要課題は教育問題であり、これを商業資本に依存しすぎると芸術作品の画一化が進行するので、公的な機関の支援が必要だし、今後それは多国籍の教授陣による国際協同的なものがよいという考えを述べた。
 懇談の中で、プーチン大統領は特別に日本との関係にふれて、日本ではチェーホフがよく上演されているようだが、ロシアで日本の演劇はほとんど知られていない。自分は若いころから演劇が好きだったので日本の演劇をもっと知りたいし、政治経済の交流だけではなく、創造的な力の交流が必要だと力説した。ロシアはかつて舞台芸術の世界的なメッカの一つであった。再びロシアがそのように再生してくることを予感させる会見であった。
 シアター・オリンピックス国際委員会は、これからの国際協同的な事業は舞台芸術家個人によるだけではなく、劇場同士の長期的な交流を前提とすることが大切だと考えている。舞台芸術は劇場という場に支えられて成立する活動だから、劇場の運営の仕方や技術上の水準等を含めた総合的な見地から、最良の交流や共同企画は何かを考えざるをえない。
 日本の劇場の多くはいまだに貸し出しを中心とした運営である。劇場自体が芸術的な企画力をもち、それを実現できる人材を確保できていないと、日本の舞台芸術は世界の新しい潮流からさらに遅れることになるだろう。
 
2001年、東京新聞6月14日夕刊より

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