新・帰ってきた日本

SCOT ブログ

October,26,2011

10月26日 憂鬱

 憂鬱だと思っていたものが、ついに身近に迫ってきた。スズキサン、これは市民感覚でやりましょう、とその人が言う。そんな物はマダ見たことがない。納得のいくように誰かに説明された記憶もない。ナンデスカ、ソレハ。
 相手は言う。ここはひとつ、常識的にということで。市民とは常識人のことか。この人は自分には常識があると思っているらしい。私はずっと村民感覚でしたからね、それを改めろ、と。村民感覚? それは何ですか。あなたにとっての非常識ということですよ。感覚というのは、人それぞれに違うということです。私はずっと利賀村民だったんですからね。癪に障ったから更に追い討ちをかけてやった。市民と村民で折り合いがつかないなら、じゃあ、国民感覚ということでやってみますか。唖然とした顔をしている。
 日本の政治をみるまでもない。国民などという言葉が出てきたら、なにも決まらないことを意味する。決まるとしても、とんでもなく時間がかかる。だから、何かを即決しようとしたら、橋下前大阪府知事のように、政治には独裁が必要だ! などと雄叫びをあげることになる。独裁とは大袈裟な、勝手な思い込みをして使われた言葉だが、この市民感覚だとか市民感情だとかいう言葉も、実定の水準に入らない、勝手な独り合点として、あるいは他人の扇動に付和雷同するように使われやすい言葉である。こんな言葉で、何かを協同しようなどとは、トンデモナイ。このような日本語が、おおでを振って使われるのは困ったものである。
 今年になって、外国人からの問い合わせが多い。外国人向けの訓練の教室を再開したからである。その問い合わせは、殆どメールでやって来る。私はコンピューターでも携帯でも、一切メールはやらないから、メールの宛て先は劇団の事務所である。事務局員がそれを毎朝コピーして届けてくれるのだが、その数の多さにウンザリすることがある。しかし、海を越えて届いたものだから、などと自分に言い聞かせ返事をする。相手の顔も知らず、声を聞いたことがないのだから、こちらの答え方も粗雑、だんだんと反射神経の連続運動のようになり、誰にどんな返事をしたかもすぐに忘れる。内心では、私は企業の社長ではない、と怒鳴りたくなるぐらいなのだが、それで返事を出さないとなると、相手にすまないような気持ちにもさせられ、イヤニナッテシマウ。
 むろん実際の返事も、私がコンピューターを使って送るわけではない。事務局員が代行してくれる。最近では、これは人間関係ではない、コンピューター関係であるなどと、気楽に思うようにもなってきたから困ったもの。メールの中には、私が大切に感じている人のものも混じっていたりするのである。
 事務局員の中には、仕事が好きなのか、コンピューターの機能に魅入られたのか、椅子に座って朝から晩まで画面を見続けている者もいる。よく頑張ってくれているとは思うのだが、そんなに座っていたら目や痔を悪くするよ、と注意したくなるときもある。しかしまた、私の仕事のために座っていてもくれるのだと思うと、複雑な感情を味わう。そして憂鬱になる。
 メールをやらない人が、他人のことを分かるはずはない、あなたにはメール感覚がない、メール感情やメール目線で物事を判断しましょう。まさかこんな馬鹿げた日本語を聞くことにはならないだろうが、何が起こっても不思議はない時代、メールお化けに振り回されないように、気をつけるに越したことはない。 

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October,18,2011

10月18日 有り難い縁

 吉祥寺シアターでの公演の稽古に入る。吉祥寺シアターのある武蔵野市と利賀村は姉妹都市であった。姉妹都市であることを知った時は、過密と過疎の取り合わせが不思議に思えたが、色々な縁があったようである。今は利賀村も南砺市の一部、人口も似たようなもの、両市の市長の好意と応援で、昨年からSCOTが定期的に公演をすることになった。その折に市民間の交流会も開かれ、私の舞台を一緒に見てくれる。感謝である。
 首都圏での定期的な公演は久方ぶり。昨年の公演では、チケットは発売とともにすぐに売り切れた。有り難いことだが、何よりも得難かったのは、劇場のデザインと雰囲気が私の作品に適していたこと、また劇場を取り囲む環境が良かったことである。私の舞台作品は劇場の在り方で、観客が受ける印象がずいぶんと違う。私がこれまで東京で公演をしなかった理由には、私の作品に適した劇場空間を見いだせなかったことが大きい。
 本年の公演は三作品、首都圏ではこれまで上演しなかったものばかりである。長谷川伸の戯曲を引用して創った「帰ってきた日本」、その<一部>と<二部>を一つの作品に纏めたもの、谷崎潤一郎の小説と戯曲を一つの作品に構成した「別冊 谷崎潤一郎」、それにオペラでよく知られるホーフマンスタール原作の「エレクトラ」、韓国と日本の俳優の共演、打楽器の生演奏の舞台である。
 「帰ってきた日本」の<二部>は昨年に発表した作品だが、登場人物の呼称を、中国の某、韓国の某、というようにアジアの国名にした。その人たちが、日本の某である主人公と争う。原作は任侠の世界、今で言えばヤクザ仲間の義理人情、それを軸にした殺し合いの話である。たまたま上演直前に日本の海上保安庁が、中国漁船を拿捕した尖閣事件が起こったので、この舞台はアジアを中心とした国際情勢のパロディーだという印象を観客に与えたようである。作品創作の動機はまったく違っていたのだが、原作の人物の呼称を変えたのでそういう結果になったところがある。舞台上の人間関係とその人たちが生きている状況に俳優たちがのめりこまないで、演技に距離感を持たせようとしたのが初めの意図であった。別の用語で言えば、関係の異化あるいは抽象化である。
 「エレクトラ」の主演女優ビョン・ユージョンは韓国人である。韓国でも私の訓練を学んだ人たち、私の舞台に出演した俳優は少なくはないが、彼女はよく私の訓練を習得してくれている。彼女の身体、声と動きから放出されるエネルギーの強靭さは、日本の女優にはなかなか見いだし難いもの。この作品は来年の夏にイギリスのエディンバラ芸術祭で、フランスのムヌーシュキン、スイスのマルターラーなどの演出家の舞台と共に上演される。
 「別冊 谷崎潤一郎」の原作は約90年前に書かれているが、そこで扱われた主題とその論理的な言葉は、今現在でも生々しく説得力がある。むしろ、現在だからこそ、身近に感じるのかもしれない、といった趣きがある。二人の犯罪者の言が、不思議に堂々とした理屈になっていて、笑いながらも感心してしまったりする。谷崎の論理性の力技だが、秀れた文学者とその作品の、時間を超える存在理由を垣間見させてくれる。
 今回も昨年と同様に、多くの人たちに見てもらえたらと思う。そして、多くの率直な感想を聞けたらとも。

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October,06,2011

10月6日 目から鱗

 10月になってから急激に寒さが増してきた。夜は暖房が必要である。北海道や東北ではすでに初雪があった。昨年に除雪の障害になった岩の移動や、樹木の枝の切り落とし作業をする。ついでに芸術公園内の杉林の整地をしようと、ショベルカーで草木を押しのけ強引に入り込んでみた。
 今まで自然の成り行きにまかせて、足を踏み入れていない場所である。奥の深さと広々とした空き地があるのに驚く。ここに洒落た森林劇場を作ることができる、コレハ、イイ! と思い元気が出る。枯れた杉を押し倒したり、幹が折れて切り株のようになっている杉の根を掘り起こしたり、日が暮れるまで思わず夢中になってしまった。ここで突然死をしていても、しばらくは誰も気づかないだろう、動物と同じの孤独な自然死、いずれは腐乱して土にかえる、ソレモアリカナ、と思わせられるぐらい鬱蒼としたところのある森林だった。しかしこれも、楽しさゆえの無責任かつ気楽な、死についての感想ともいうべきか。
 東日本大震災では、一万五千人余の遺体があったが、そのうちの数千人は、身元の確認がされないままに荼毘に付されたときく。なぜ身元が確認されなかったのか。
 身元は三つの方法、DNA、指紋、歯型を調べれば確認できるのだそうである。しかし、これらは照応できる対象物、DNAでいえば髪などの肉体の一部、指紋ならばその記録が存在しなくてはいけない。だからこのうちで、素早く身元確認のできる方法は、歯型とその治療痕を調べることらしい。たいていの人は一度や二度、同じ市町村の歯医者に通っているからである。
 友人の大久保満男日本歯科医師会会長に聞いたことだが、治療痕というものはみな違っているそうである。そこで全国の歯科医師が身元確認作業に駆けつけた。ところが、歯の治療痕の記録を保持している歯科医師は死んでいたり、歯科医院の建物自体も津波で流されてしまっている。身元の確認ができない人たちが多い。
 大久保さんからこの話を聞いて、目から鱗が落ちたところがある。歯科医師が人間の死にも深くかかわりをもっている存在だ、ということを教えられたからである。そればかりではない、人間の悲惨な死の実体を目の当たりにする仕事をする人たちだということをもである。通常の医師だけが、人間の死にかかわっているわけではなかった。
 おそらく歯科医師たちは、腐乱した死体や切断された死体、あるいは原型をとどめなくなったような人間の顔を直視し、口腔を押し広げ、歯型や治療痕を調べたにちがいない。自衛隊員や警察官も死体の収容という、困難な仕事で苦闘をしたに違いはないが、この歯科医師たちの作業は、より人間の死というものの実情に果敢に迫る、勇気の要るものだったともいえる。こういう現実を生きた人たちの言葉が、もっと国民の耳に、肉声として届くことも大事なことではないだろうか。近頃のマスコミの報道は、美談と嘆き節に傾きがち、なおさらそんな感じを抱く。
 あらためて思うのである。人間というものはどう死んでも、他人に世話をかける生き物になっているのだと。
 

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