新・帰ってきた日本

SCOT ブログ

October,23,2014

10月23日 腐った男

 久しぶりにリサの新聞を読む立ち姿を見かける。今回はバナナを口にほおばりながら、机の上に新聞を広げて読んでいる。カントク! リサは演出家をこう呼ぶ。カントクは食堂の片隅で即席ラーメンを啜っていた。
 カントクはこの前、アイツは女の腐ったような奴だ、と口にしたけど、アレハ、イタダケナイ。モウ、旧いですよ。最近は、男が腐っているんです。
 ソウカイ、カントクは取り合わない。この種の議論になるとリサはしつこい。しかしなぜ新聞を読みながら、リサがこんなことを言いだすのか、カントクには不思議。腐っている奴は男であろうと女であろうと腐っている奴、ドウデモ、ヨイ。女の腐ったような、と言ってしまったのは、確かにマズカッタ。コレハ、昔の男の口癖だった。カントクはこの言葉で、父親や先生に怒られた子供の頃を思い出し反省する。
 これでは男の腐ったのに、ニチャウヨナー。聞こえよがしのリサの呟き、無視しすぎると、稽古場の態度に影響するかもと、過剰に気配りをする気質のカントク、リサに声をかける。男の腐ったのって、どんなイメージなんだい。
 他人に迷惑をかけても、屁理屈を捏ねて自分を正当化する、口がウマイ、そのくせニブイ、イヤな感じのヤツですよ。自分の行動は他人のためにヤッテイル、だから謝らない。マア、デキソコナイダネ、ニンゲントシテハ。男への悪意マルダシ。
 しかし、そういうところは誰にでもあるんじゃないか、多かれ少なかれ。女にはありません、リサはすかさず反論。顔が良かったり、頭が良かったり、金儲けがうまかったり、少しチヤホヤされると、俺はエリートだとノボセアガル、そういうトチ狂った男にしか腐敗菌はつきません。カントクは良かったじゃないですか、どれにも、アテハマラナクテ。
 チョット、言い過ぎではないかなあー、とカントク。ジャア、女の腐ったのって、何ですか、リサはタタミコンデクル。こうなったら仕方がない、踏み込む以外にはないとカントク。気持ちにコダワル、ズルズルと。それで現実を見ない。マア、人間関係に建設的でないってことかな。
 男が失敗をしても、他人のせいにして自己正当化をするのは、気持ちにこだわっていないわけですか、カントクの説では。確かに男はプライドにこだわるね。その男のプライドとやらは気持ちじゃないんですか。リサは追い打ちをかける。まあ気持ちだろうね。そうでしょう、それも根も葉もないウヌボレというチャチナ気持ち。これは腐っているんです、根性が。
 リサの男の環境が悪かったのか、被害意識が男への誇大妄想に転化したような攻撃。何が彼女をこうさせるのか、どんなふうに男に騙されたのか、カントクは黙ってゲスの勘ぐり。リサが近づいてきて新聞を指さす。そこには安倍内閣の女性大臣二人が、同時に辞職したことが報道されている。
 このヘリクツがイヤなんですよ。討議資料だなんて言ったりして。国会で議決された法律の討議資料を、お祭りに配る馬鹿が居るか! このヘリクツは腐った男がよく使う手だ。国会議員や官僚のオジサンと付き合っているうちに、この女は腐った男みたいになっちゃった。
 もしウチワと言われれば、確かにウチワの形をしている、なんて弁解すべきではない。ソレハ、ウチワデスヨ、暑い夏にウチワを配って何が悪い、と言うべきだ。ウチワを討議資料のように見せかけた私は恥ずかしい。私の態度はジツニ姑息だった。これが公職選挙法に違反していると、皆さんが言われるのなら、法律がマチガッテイル、皆さんのニンゲンとしての態度が間違っていると私は言いたい。私は法務大臣としてこの法律が改正されるまで、断固として辞職しないでガンバル。カントク! これが女の生きる道ですよ。
 カントクは唖然としている。しばらくして思う。安倍首相が提唱する女性の活躍する社会、それが来るとこういう思い込みに充ちたエネルギーが噴出することになるのかも。そうなったら、男はタチハダカレナイ。バカヤローなんて殴れないし。カントクは少し憂鬱な気分になる。しかし、その気分を振り払うように、優しくリサに言う。
 そろそろ稽古に行こう。リサにはその優しさが嬉しそう。 

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October,15,2014

10月15日 北京まで

 中国と韓国の俳優が到着、いよいよ明日から、北京で開催される第6回シアター・オリンピックスに参加する作品の稽古が始まる。「シラノ・ド・ベルジュラック」と「リア王」の2作品を11月の11日・12日、15日・16日に長安大劇院で上演する。「リア王」には中国人俳優2人と韓国人俳優4人が加わっている。
 丁度、APEC開催の時期と重なる。それを知っている人からは、警備が厳しくて大変でしょう、と言われる。それについては、これまで経験したことがないことで想像がつかない。
 オープニングは11月1日、天安門広場の脇に建つ国家大劇院、中国国家の威信をかけて造られたような壮大な劇場、中国オペラの公演から始まる。公演前の式典にシアター・オリンピックスの国際委員としての挨拶、翌日の午前中には、演出家としてのレクチャーを依頼されている。劇団員とは別に、一足先の訪中になる。
 最近の私は、そういう儀式的なことに参加するのは気が重いところがあるのだが、ギリシャのテオドロス・テルゾプロス、中国の林兆華などの演出家も一緒らしいので行くことにした。オリンピックスの開催期間は2ヵ月間、友人のアメリカの演出家ロバート・ウィルソンや、先頃亡くなったロシアの演出家ユーリー・リュビーモフの作品は12月になってからの公演。その頃の私には、恒例の吉祥寺公演があり、彼らの作品を観ることができない。リュビーモフの作品は彼の遺作、残念である。
 第1回のシアター・オリンピックスは1995年、ギリシャの聖地デルフィだった。もう20年も経つ。アポロンの神殿の上、キタイロンの山の中腹に古代競技場の遺跡がある。数千人は収容できるのではないかと思える広大なもの、所々の客席は崩れて、大きな石が傾いていた。私はそこで「エレクトラ」を上演した。現在は貴重な文化遺産としてギリシャ政府の厳しい管理下にあり、演劇の公演は禁止されているそうである。
 北京のシアター・オリンピックスは、10月7日に3回忌を迎えた斉藤郁子の執念の賜物として実現した。余命いくばくもないことを知ってからも、何とか北京開催までは生きていたいと口にしていた。
 2011年の5月、北京に国際委員を呼び集め、ソウルの次は北京にしたいと提案したのが、シアター・オリンピックス事務局長としての最後の仕事だった。当然、北京市が応援してくれることが必要である。面倒な事務処理をこなし、その正式な決定を首を長くして待っていた彼女、中国の国際委員のリュウ・リービンから、北京開催を正式に知らされたのは翌2012年8月末、SCOTサマー・シーズンの終わり頃である。それから1ヵ月余の命だった。
 斉藤郁子の死後、事務局長の仕事を継いでくれるのは、モスクワでの第3回シアター・オリンピックス開催時に、強力に支援してくれたマイヤ・コバヒゼ、当時のロシア文化省芸術局長である。グルジア出身の知的で魅力的な女性。イギリスやアメリカの大学に留学しているから英語は達者だが、ある時期から日本文化にひかれ「源氏物語」などの古典を読み、面白がっている。2016年にはポーランドで第7回シアター・オリンピックスが開催される予定である。斉藤に劣らぬ活躍をと願っている。
 シアター・オリンピックス創設時から、中心的に活躍してきた斉藤郁子とロシアの国際委員リュビーモフの不在は、改めて時の流れと人生の無常を感じさせる。二人の強く激しい精神力に支えられた志を無にしないように、北京ではガンバラナケレバ、と思う。 

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October,07,2014

10月7日 幻想の自然

 秋の気配を感じる。白いススキの穂が川べりで優雅に風になびいている。今年は芸術公園の周辺に、珍しくいろいろな動物が現れた。私が見かけたのは、キツネ、カモシカ、アナグマだが、劇団員はイノシシ、サルなどにも出会ったようである。親子三匹のサルが河原で水浴びをしていた、初めてだと嬉しそうに話す。珍しくはないが、ウサギ、タヌキ、ハクビシンなどにも私は出会っている。
 ドイツ人俳優はクマに遭遇した。散歩をしていたら5メートルほど先に現れ、道を横断した。恐怖に直立不動、しかし勇気を奮い起こして写真を撮った。コレガ、ソウダ! と熊の写真を見せる。劇団員は歓声をあげて拍手していた。
 今年の利賀村の山には木の実が少ない。毛虫が木の葉を食べすぎたために、実がならない。ドングリの実などは殆ど見かけない。だから熊が出る、と村の人。確かに、熊が市街地にまで現れ、人間に危害を加えたというニュースが、今年は多いような気もする。人間がその住居を山里にまで展開して、動物の生息地を侵害したことも原因しているかもしれない。
 誰もあまり予測できない自然の変化、その変化がいろいろな形で人間の生命に影響を与える。大地震や暴風や豪雨、動物の出没まで、人間は自然と共棲しているのだから当然である。東北の地震による大津波、広島の豪雨による山崩れ、最近では御嶽山の噴火、多くの人命が失われている。統御できない自然と共に、我々の人生が人工的に営まれているのだということを改めて感じる。
 突然の別れ「自然憎い」、これはある新聞が、御嶽山の噴火で犠牲になった人の親族の発言、「あんなにいい人を奪った自然が憎い、悔しい」、を踏まえてつけた見出し語である。親族の個人的な感情はよく分かるとして、ジャーナリズムがその言葉をそのまま大きく見出しに使っていることには驚かされた。ここで憎まれているのは噴火や火山ではなく、偶然の暴力とされた自然なのである。私にも自然を暴力と見做す観点はあるが、そのことによって「憎む」対象であると考えたことはない。
 実際のところ、津波や豪雨や山崩れがある度に、自然を憎む感情が新聞紙上に躍ったら、少し困るのである。むろん私も、自然災害によって多くの人命が失われると、イタタマレナク、哀しい感情にとらえられる。人間は自然の変化の前では、カボソク、カナシイ存在にされると強く感じるから、その後でシミジミともなる。しかし、憎むというような攻撃的な感情が、自然の一面に対して起こったことはない。どちらかと言えば、自然の変化する力には興味がつきず、魅惑されたりすることが多い。
 「天は、なぜ、自分を、すり鉢のような谷間に生まれさせたのだ?」三河の稲橋村に生まれた、明治時代の農業指導者、古橋源六郎暉皃は、貧しい村に生まれた境遇を、こう嘆いていたと言います。しかし、ある時、峠の上から、周囲の山々や平野を見渡しながら、一つの確信に至りました。「天は、水郷には魚や塩、平野には穀物や野菜、山村にはたくさんの樹木を、それぞれ与えているのだ」そう確信した彼は、植林、養蚕、茶の栽培など、土地に合った産業を新たに興し、稲橋村を豊かな村へと発展させることに成功しました。
 コレハ、マタ、のどかで朗らかな自然との共棲の、オハナシ。安倍首相の国会での所信表明演説の「おわりに」の言い出しである。この演説の最後の締めはこうなっている。
 悲観して立ち止まるのではなく、可能性を信じて、前に進もうではありませんか。厳しい現実に立ちすくむのではなく、輝ける未来を目指して、皆さん、共に、立ち向かおうではありませんか。ご清聴ありがとうございました。
 この人は厳しい現実に、ホントウニ、直面しているのだろうか。ここに語られているような峠が、もはや実在するとは思えないが、ともかく峠の上に立った気分の殿様が、楽しそうに幻想の自然を眺めているような、そんな感じがする。自然災害の多発と地方と呼ばれる国土の惨状を想うと、元気づけられるより、殿様は大丈夫なのだろうかと、少し心配にさせられるところもあるのである。 

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