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鈴木忠志見たり・聴いたり

9月22日 日本語の手紙

 重政様、 こんにちは。
 ある特殊の原因で、鈴木先生一行が北京にいらっしゃって「リア王」を演出することに関するすべての手続きは一時停止になりました。詳しい理由は、後ほどワン・リナとリュウ・リナ二人の先生が日本に行って先生に会ってから直接説明します。本当に申し訳ございませんが、どうぞ先生にお伝えください。どうぞ宜しくお願いいたします。
 重政は「リア王」公演の事務連絡を担当している劇団の制作者である。日本政府が9月11日、尖閣諸島を国有化した当日、北京の中央戯劇学院の事務担当者から、重政に届いたネットによる手紙の日本語原文である。翌日から、国有化に抗議する反日デモは急速に中国全土に拡大、北京の日本大使館は連日のデモに包囲される。しばらくして再びネットによる手紙。日本大使館がデモ隊に包囲され、二人の先生のビザが申請できない。
 中国に行くことになっていたのは今月の25日、公演の初日は10月の26日、一カ月の滞在を予定していた。無論、こういう不測の事態がありうることは、日中関係のことだから予想はしていたが、あまりにも素早い反応と二人の先生がワザワザ日本にまで来て、私に説明するという丁寧さに、むしろ驚きつつ実のところホッとし、私も納得。両国の政治紛争は容易に解決する種類のものではなくなった以上、共同事業を遂行できる環境ではない。中国の制作主体は中央戯劇学院、中国唯一の舞台芸術の国立大学である。日本人の演出家の総指揮の元で、多数の中国人が参加して舞台を創る、ましてや実際の舞台上では、私の劇団の日本人、アメリカ人、韓国人が主要な役を演じる。私自身も公演の延期を望むのは当然、落ち着いて稽古など出来るはずもないと思えたのである。
 19日、北京市の公安当局は、一般市民あてに携帯電話のメールで、デモを中止するように指示、デモは即座に収束、日本のテレビには大使館を清掃する映像が流れる。中国独特の光景とでも言うべきか。その日、中国のシアター・オリンピックス国際委員のリュウ・リービンから次のようなネットによる日本語の手紙を受け取る。宛て名は私とSCOTの制作責任者でシアター・オリンピックス国際委員会事務局長の斉藤郁子である。前後の時候の挨拶を割愛して引用する。
 「リア王」の稽古と公演は時局の影響で一時停止することになりましたので、大変残念に存じます。でも、シアター・オリンピックスの件について、こちらは引き続き頑張っています。
 利賀芸術公園を訪問した時、北京市政府と文化部からシアター・オリンピックスを開催することの許可をもらったことをもう二人様に報告しました。と同時に、北京での開催時間を2014年にしようという考えも述べまして、鈴木先生と斉藤様の同意をいただきました。したがって、もっとうまく準備するために、事務局から日本と韓国がシアター・オリンピックスを主催した時の相関資料を提供して頂きたいです。そういう資料を参考にして、早速申請の手続きを完了したいです。鈴木先生と斉藤様のご支持とご協力、心から感謝しております。
 リュウ・リービンが利賀村へ来たのは、中央戯劇学院の先生と学生30人が、私の訓練と「リア王」の稽古をしていた6月の初旬とSCOTサマー・シーズンの後半の9月初頭である。その時、これからの共同作業についていろいろと話し合った。それからあっという間の出来事である。シアター・オリンピックスは世界の芸術家の自発性によって成立してきた国際事業である。たとえ日本と中国の政治的な関係がどうあろうと、自分は頑張るという私と斉藤への心配りでもあろうか、国を越えた友人・同志の存在を改めて嬉しく感じる。